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今日は富永は早く帰宅することができた。
いつも神乃に家事をしてもらってばかりだから、今日こそは先に帰って富永が夕食の準備から何から何まで家のことをやりたいと思っていた。
マンションのエントランス前に見覚えのある女がいた。藍羅だった。
「あっ、とみーがいた!」
とみー=富永のことらしい。
「なんでここを知ってる?」
「にーくんから教えてもらったんだよ。とみーはこのマンションに住んでるって」
仁井の野郎、人の個人情報を面倒くさい女に簡単に喋りやがって!
「仁井と別れた分の金は渡しただろ? これ以上俺に構うな」
「ねぇ、かみのんのエッチな動画、見たい? にーくんからゲットしたんだけど」
藍羅は意味深な笑みを浮かべ、スマホを操作し始めた。
この女は何を言い出すんだ……?
かみのん=神乃のエッチな動画……?
そんなものを、仁井から……?
ここは外だ。こんなところで神乃のそんなものを再生して晒すわけにはいかない。
「やめろ!」
慌てて藍羅スマホを奪い取り、電源を切った。それでもまだ富永の心臓はバクバクしている。
「ねぇ、かみのんのエッチな動画、いくらで買ってくれる?」
藍羅は口角を上げ、ニヤリのと微笑を浮かべた。
とにかく、こんなところでは話せない。
「藍羅、お前に聞きたいことがある。俺の家で話そう」
「うん、いいよー」
富永は藍羅を家に上げるしかなかった。
「これ何ー?」
藍羅は富永の部屋に置いてあったルイヴィトンの小さな紙袋を勝手に手に取った。
「男物の財布だ」
「えー。なんだ男物かぁ。あ、かみのんにプレゼントするの?」
「したかったけど『要らない』って断られた」
富永としては、神乃が愛用していた仁井とお揃いの黒の皮財布を一刻も早く捨てて欲しいという気持ちから神乃に無理矢理プレゼントしたかったのだが、それは神乃に拒まれて叶わなかった。
クッソっ! まだ仁井の事が忘れられないのかよ、とあのときは悔しくなったが、別れて間もない神乃にとってそれは酷な話だろうと思い直した。
「俺から貰う財布よりも、仁井とお揃いの財布の方がいいってことだよな……」
神乃に振られた後、偶然仁井と神乃を街中で見かけたことがあった。その時二人は革製品専門店でお揃いの財布を買っていた。その時の仲睦まじい姿が今でも目に焼き付いて離れない。
「確かに。かみのん、にーくんのことめっちゃ好きだったかもね。にーくん自分で言ってたもん。俺の恋人は俺にベタ惚れだって。にーくんが言えば何でもしてくれるって。迎えに来いって言えば夜中でも車出して迎えに来るし、食べたいメニューを言えば何でも作ってくれるんだって。夜のプレイもNG無しらしいよ? 私が嫌がったら、かみのんにお願いするからやらなくていいって言われたよ」
「藍羅! やめてくれ!」
二人は三年間も同棲していたんだから、その間どんなことがあったか想像はできる。でもその事実に全て目を背けたい。そう思っているのに赤裸々に言われてしまうとものすごく辛い。
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