1049人が本棚に入れています
本棚に追加
「おかえり、富永」
帰宅後、ふたりぶんの料理を作っていたら富永が帰ってきたのでエプロン姿で出迎える。
「ただいま」
富永は「家に神乃がいる!」なんて言って笑顔だ。
「神乃のエプロン姿が拝めるなんて、幸せだ……」
「ハハ、なんだよそれ」
富永は一人暮らしが長かったのかな。そんなことで感動するなんて。
「ご飯、もうすぐできる。その前に風呂に入るか? 沸かしてあるよ」
これは仁井と暮らしていたときの癖だ。仁井が帰ってくる前にはいつも夕飯もお風呂の準備も整えていたから。
「それとも神乃……?」
え、今なんとおっしゃいました……?
「え?」
「あ、え、風呂だ、風呂に入る」
あはははとふたりで訳もわからず笑い、富永は逃げるようにバスルームへ向かっていった。
「これすごく美味しい!」
「いや、ただの手抜き飯だから」
「いーや、こんな美味いものを食べられるなんて幸せすぎて尊死する……」
富永は神乃の料理にやたらと感動している。時短料理で、大した手間もかけてはいないのに「神乃は天才だ」などとベタ褒めだ。
「ありがとう、神乃」
「うん」
素直に嬉しい。いつも仁井は神乃の料理にケチをつけてばかりだったから料理の腕前に自信はなかったが、こんなに褒められるとちょっとだけ自信がついた。
神乃が食べ終えて、空の皿を持って立ち上がると、それを富永が制す。
「片付けは俺がやる。神乃だって今日一日働いて来たんだからこのくらいやらせてくれ」
「ありがとう」
神乃が礼を言うと、富永は「頑張りすぎるなよ」と笑う。
すごく穏やかな生活だ。仁井は何にもしない男だったから家で座る間もないくらい働きづめだったが、富永は「コーヒー飲むか?」と聞いてくれて、神乃にゆっくりするようソファを勧めてきた。
「そうだ。これ」
富永から差し出されたのはクレジットカードだ。
「買い物は全部これでしてくれ。家を出たばかりで必要なものも多いだろ? なんでも買え。金額の上限はないカードだから」
ぽんと手のひらに載せられたカードは富永名義のカードだ。上限なしのクレジットカードを他人に託すなんて富永はどうかしている。
「いいよ、材料費くらいは俺が出す」
富永に家賃も払ってない。仁井と暮らしていたときは家賃折半の、その他生活費は神乃が負担していたのだからそれに比べれば大したことじゃない。
「駄目だ。それじゃ俺の気がすまない。神乃のためなら俺はいくら貢いでも惜しくない。頼むから好きなだけ使ってくれ」
「あ、ああ……」
富永は社長としてのプライドがあるのだろう。人にお金を払ってもらうことに抵抗があるってことかな。
最初のコメントを投稿しよう!