1.仕返し

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「見たか! 仁井の奴、ざまあみろだ!」  車を運転しながら、富永はさっきからずっと嬉しそうだ。 「浮気してごめんって、謝ってたな! 俺には『浮気じゃなくて本気だ』とか言っておいて、女に振られた途端に態度変えやがって」  仁井は本当にご都合主義だ。藍羅を失い、急に一人になったもんだから寂しくなって自分から捨てた神乃にみっともなく縋りついたのだ。 「ああいう、浮気性のクソ男にはお灸を据えてやらないとな! あー! すげぇスッキリした」 「ありがとな、富永。俺もだよ。仁井に散々バカにされてイラついて、自信まで無くなってた。でも富永のお陰ですっかり忘れられそうだ」  俺をバカにして、捨てた罰だ。俺がお前にどれだけ尽くしてきたか、俺がいなくなって思い知れと神乃は思う。  そして神乃自身もこれで次の恋に進めそうだ。一人暮らし用の賃貸を探して新たな生活をスタートさせないとなと決意する。 「あ、あの……そうだ。神乃」 「ん?」 「お前さえ良かったら、その……俺とこのまま一緒に暮らさないか?」 「え?」 「神乃にとっては災難だっただろうけど、俺はお前と暮らした一週間、すごく楽しかったんだ」  車は富永の自宅マンションの駐車場に到着した。富永は車を定位置に駐車する。  車を停めた後、富永は助手席に座る神乃を真っ直ぐに見つめてきた。  その真剣な目にドキリとする。  ——俺も。  富永、俺も楽しかったよ——。  この一週間は神乃にとって最高の日々だった。  夜景の綺麗なタワーマンションの鍵を渡され、そこに帰るだけでセレブ気分だ。都内一等地のため、会社までの通勤時間も三分の一になり、二十分もあれば会社に到着する。  仕事をしながらの家事なので適当な時短料理にも関わらず、富永はいつも喜んで食べてくれて、「ありがとう」と欠かさず言ってくれる。  掃除や洗濯もふたりでする。仁井はこだわりが強くて、窓ガラスに指紋が付いていたり、洗濯が間に合わなかったりするとすぐに怒鳴られたが、富永は正反対だ。  「神乃のペースで家事をしてくれればいい」と言って、仕事が忙しくて疎かになってしまった家事は富永がやってくれている。  残業して帰宅したとき、仁井には「遅ぇんだよ! 腹減った。早く飯を作れ!」と怒られたが、富永は「仕事大変だったな」と神乃の肩を揉んでくれて、「今日は神乃の好きなトマトパスタにした」と夕食を作ってくれていて、神乃の目の前にズラリと並べてくれる。    比べてはいけないと思いつつも、つい、仁井と過ごした日々と比較してしまう。
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