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多希は「失礼します」と断りを入れ、向かいの椅子に腰掛ける。
「由衣濱 多希と申します。……久住 崇嗣様ですね。今回は体験講義にお申し込みいただきありがとうございます。今日は実際に、今いる生徒さん達と一緒に体験してもらってから、入会するかどうかを決めていただきます。必ず入会しなければいけないということはありませんので、ぜひ気軽に楽しんでくださいね」
「……それだと、困るのですが」
「……え?」
多希は思わず素で聞き返してしまった。
普段と同じく、自分の中のマニュアル通りに説明したのだが、今まで聞いたことのない返答が来たからだ。
久住は多希の顔をじっと見ると、おずおずと切り出した。
「今日入会したいのですが」
「今日……ですか? ええと」
「生徒募集とお見かけしたのですが、もう定員は埋まってしまいましたか? どうか空きをつくっていただけませんか?」
「え、え……その、お、落ち着いてください」
身を乗り出してくる久住を、多希は必死に宥める。
そのときに前髪同士が触れ合い、多希は動揺してしまう。
ただの事故なのだけれど、平静を装えているか不安になるくらい、ドキドキして胸が痛い。
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