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今から近場で買って来ようにも、講義が控えているのでその準備ができなくなる。
他の講師も忙しそうで、頼むのは無理そうだ。
「すみません。お待たせいたしました」
手ぶらで帰ってきた多希を、久住は不思議そうに見ている。
「あの、ですね……確認不足で申し訳ありません。男性の貸し出し用エプロンの在庫がなくて……」
「いえ、大丈夫ですよ。俺が忘れたのが悪いので。エプロンなしでやらせてください」
「い、いえいえ! 服が汚れてしまいますし、そういう訳には」
「俺は別に構いません」
久住はきっぱりと言う。
スーツのジャケットを脱ぎ、シャツの袖を捲り上げながら。
露出した腕には筋が浮き出ていて、多希の視線は吸い込まれる。
健康診断オールEを取ったと思えないくらい、肌の色も筋肉の付き方も健康的だ。
──いけない。いけない。
プライベートと仕事は別。
同性愛者に対する理解が進みつつあるとはいっても、全く関係のない人間に多希の常識を押しつけていい理由にはならない。
確認もしないまま、貸し出し用があると言った多希のミスを、久住は責めることはなかった。
多忙な仕事の合間を縫って、体験に申し込んでくれたというのに。申し訳なさでいっぱいだった。
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