1568人が本棚に入れています
本棚に追加
包丁の持ち方や刃の向きは危なっかしいし、手が大きいせいか細かい作業は不向きだ。
講義は無事終わり、久住が怪我をしていないことに、多希は胸を撫で下ろす。
そして、多希の思った通り、若い久住は生徒達に気に入られている。
「久住さんっていくつ? 何のお仕事してるの?」
「今年で二十九になりました。薬の営業をしています」
久住は何から何まで真面目だ。
営業職は体育会系や文系のイメージがあるが、絶対に久住は理系だろう。
薬ということは、専門的な部署で働いているのだろうか。
多希は後片付けをしながら、耳をそばだてる。
五時過ぎに講義は終わり、子供を持つ主婦達は喋りながら教室を出て行く。
久住は汚れてしまったエプロンを律儀に多希のところまで持ってきた。
体格のいい男が、しゅんと肩を落としている。
「借り物なのにすみません。後日クリーニングしてお返しします」
「そんな、気を遣わないでください。エプロンなんて汚れてしまうものですから。うちで洗濯するので大丈夫ですよ」
「いえ。そういうわけにはいきません」
エプロンのクリーニング代は会社負担だ。
多希がそれを説明しても、久住は断固として譲らなかった。
「それなら尚更俺が持って帰ります」
「……はい。すみませんが、お願いします」
最初のコメントを投稿しよう!