Lesson.1

2/20
1551人が本棚に入れています
本棚に追加
/118ページ
「えっ。押しちゃうんですか?」 「生徒達とかなり喋ってしまいましたし。それで残業つけるのは怒られそうで」 「由衣濱先生って真面目ですねぇ。口コミとか紹介で入ってきてくれる方もいるし、仕事のうちじゃないですか。残業つけちゃってもいいと思いますけど」 「すみません。あ、新しいイタリアン、どうだったかまた教えてくださいね」 「はーい」 金曜日の今日は、どうしても外せない用事がある。 その用事と週末の飲み会はよく重なるため、誘いをほとんど断ってしまう。 午後九時、事務所の戸締まりをした後、多希は夜の街へと繰り出した。 数年前に上京して驚いたことの一つが、都会には何でも揃っているということだ。 ないものを探すほうが難しいのではないかと思う。 多希が生まれ育ったのは、市街の中華料理店だった。 父方の祖父の代から続く店は、近所の常連客が訪れ、小さいながらもそれなりに繁盛していた。 そして自分も両親の跡を継いでいくものだと思っていた。 しかし、多希には兄がおり、多希よりも見込みがあった。 『お兄ちゃんは心配してないからね』 勤勉で素行も真面目だった兄が高校を卒業したことで、店は自然と兄が継ぐことになった。
/118ページ

最初のコメントを投稿しよう!