1568人が本棚に入れています
本棚に追加
本当にこの人は。多希が窘めても三好はどこ吹く風だ。
休憩を終えた後、多希は講師用のロッカー室で身なりを整える。
木製の扉を開けるとき、いつも目に飛び込んでくるのは、久住からもらった小さな紙袋だ。
多希の貸したエプロンはあの後綺麗にクリーニングされて、可愛らしいクッキー缶とともに返ってきた。
何から何まで真面目で律儀な男だ。
そしていつも講義が始まる十五分前に、久住は教室にいる。
講師の多希よりも早いので何だか体裁が悪く、彼よりは先に入室しておこうと最近は心がけている。
しかし、他の生徒が入室してきても、久住は現れなかった。多希はもう一度予約表を確認する。
キャンセルにはなっておらず、やはり久住が来ることになっている。
多希は一度、久住が来ていないかフロントに電話で確認しようとすると。
「すみませんっ! 仕事で遅れて……今からでも大丈夫ですか!?」
「久住さんっ?」
大丈夫かと問いたいのはこちらのほうだ。
多希達のいる三階の教室まで走ってきたのだろう。
熊にでも追われてきたみたいに、久住は満身創痍だった。
「今から始めようとしたところなので大丈夫ですよ」
「……遅れたのは事実なので。すみません、罰金をお支払いします」
「い……いえ! そういう制度はありませんから!」
最初のコメントを投稿しよう!