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もちろん多希も兄と同じ道を進むことになると思ったのだが、それを口にしたとき、両親は気まずそうに口を揃えて言った。
『多希は無理してここに残らなくてもいいのよ』
多希は当時、高校生だったがそれは息子を思いやってというものではなく、跡を継ぐのは二人もいらないという両親の本音を感じ取った。
両親がことあるごとに、多希に進学を勧めてきたからだ。学費も出してくれるという。
兄もそれに対して、特に多希に文句を言ったりはしなかったし、「兄ちゃんが稼いでやるから心配するな」と、むしろ激励された。
本音こそ家族には打ち明けられなかったが、都会の専門学校にも通わせてもらい、おかげで手に職をつけられた。
卒業した後も実家には何だか近寄りがたい気がして、東京で働くことを決めた。
「お待たせ」
駅前で目当ての男を待っていると、頭上から声が降ってきた。
何日か前にマッチングアプリで意気投合し、写真を交換した男が、多希の目の前にいる。
「ううん。待ってない」
顔をまじまじと見つめられたが、多希は気にしないふりをして安心したように笑ってみせた。
照れたような笑いが返ってくる。
自分よりも少し背の高い男の横に並び、二人はホテル街を目指した。
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