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「久しぶりに二人で話したいから、先に行っててくれる? 駅前のカフェね」
昔の知り合いの本当の意味を知らない美月は、笑みを崩すこともなく「はい」と頷く。
菅原は二つ折りの財布を渡すと、多希に軽く「行こっか」と声をかけた。
「俺は……っ」
「ちょっとは付き合ってくれよ。俺だっていろいろ話したい」
昔から、こうやって誑かすのには人一倍長けている男だった。
初めて会ってから十年以上経った菅原は、四十代前半だが容姿に老いを感じさせない。
スーツに着替えた多希はそのまま帰ろうとしたが、エントランスで待っていた菅原に引き止められる。
受付には先ほどのやり取りの始終を見られているし、声をかけられたまま無視をするわけにもいかなかった。
「……そこの公園で。それで終わりにしてください。もう、あんたには関わりたくない」
突き放す言葉に、菅原は得体の知れない悪い笑みを浮かべた。
空いたベンチに座ると、先に口を開けたのは菅原だった。
「何で急に連絡取れなくしたの?」
「……それはあんたがっ」
平然と聞く神経に、吐き気がする。
十年前には何もなかった左手の薬指には、シンプルな造りの指輪が嵌っている。
もう多希に知られてしまった今では、隠す必要もないということなのだろう。
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