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菅原は指輪を光らせたほうの手で、煙草を取り出した。
「俺は……菅原さんが結婚しているなら、絶対に付き合いませんでした」
「うん。そう言うと思ったから、わざと黙ってた」
自分に一切非がなかったとはいえ、既婚者だと知ったときは酷い罪悪感に苛まれた。
菅原は懐かしい匂いを吐き出すと、多希に信じられないことを告げた。
「だってさ、世間体があるだろ。結婚して子供つくって父親やらないと、白い目で見られる」
「……それだけの。見栄だけのために結婚したんですか」
「奥さんと子供がかわいそうって言いたいのか? 可愛いと思ってるよ。奥さんも子供も。同じくらいに多希のことも可愛いと思ってる」
「意味が……分かりません」
妻も子供も可愛いと思っているのなら、どうして裏切るような真似をするのか。
発した言葉通り、多希にはこの男の思考が理解できなかった。
もし多希が奥さんに不倫していることを話したら、菅原はどうするのか。
「妻が家で由衣濱先生なんて言ったから、正直びっくりしたよ。珍しい名字だから、多希だって確信した」
「何で、わざわざ会いに来たんですか」
「また昔みたいに付き合いたい」
「は……?」
昔から突拍子のないことを言う男だった。
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