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その姿を視界に捉えたのは一瞬だった。
多希の腕を強く引っ張ると、菅原と引き離すように抱き寄せた。
あの夜以来、久住とは心理的にも物理的にも距離を置いていた。
服越しに伝わる体温が、酷く懐かしいものに感じた。
「あんた、とっくに由衣濱さんに捨てられたのに未練がましいんですよ。相手にされてませんから」
「……はあ? いきなりなんだ……」
「俺、由衣濱さんと付き合ってるので。人のものに手を出さないでくれませんか」
多希の手首を握る手に、力が込められる。
不安で冷え切っていた心が、それだけで温度を取り戻していくようだった。
いきなり登場した久住に、菅原は呆気に取られていたが、すぐに飄々とした態度を繕った。
「へぇ。付き合ってるんだ。本気で? ゲイなんて肩身狭いのによくやるね」
「何ですか、それ。俺も由衣濱さんも、別に女性や結婚には興味ないので。違うカテゴリの人間にマウント取って、見苦しいんですよ。あんた」
「行きましょう」と囁かれ、久住が多希の手を恋人繋ぎにした。
温かくて傷だらけで不器用な手が、多希の震える手をしっかりと握っている。
少し歩いた先で久住が振り返り、多希の身体を抱き締めた。
「わっ……」
「俺から離れたらダメですよ。由衣濱さんは、ヤキモチ焼かせるの、上手ですね」
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