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顎を掬い取られたと思ったら、唇に数秒、温かい温度が重なった。
「ん、あっ……」
「さ、帰りましょう」
久住は多希ではなく、その後ろを見ながらそう言った。
菅原から離れた後も、久住は手を離さなかった。
先を歩く久住の背中を見つめて、多希の身体は微熱を帯びたようになる。
──俺は、久住さんのことが、好きなんだと思う。
自分の気持ちを素直に認められなかった。
だって、自分の信じた恋愛は絶対に長続きするものじょないと思っていたから。
久住の不器用でダメなところも、ちょっとずれていて一生懸命なところも……多希のことをこうして追いかけて、守ってくれるところも。
好きじゃないと思える理由なんて、一つも見当たらない。
「あ、あのっ」
「なんですか」
「その……手を。離していただけませんか」
久住は何も言わずに、絡めた指を解いた。
外の空気はもうそろそろ手袋が恋しくなる季節で、久住からもらった熱を、何の躊躇いもなく奪ってくる。
「すみません。出しゃばり過ぎましたか」
「いえ。スカッとしていい気分です」
「……勝手にキスしたのに、怒らないんですか」
「そ、それは。演技だったから……別に、いいですよ」
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