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しかしながら、多希のいる業界はやや落ち目だ。
投稿型のレシピサイトが普及したおかげで、手元のスマホに具材の名前を打ち込むだけで、何百ものレシピが無料で出てくる。
毎月それなりの月謝をいただくのだから、それらの便利なツールにはない、差別化して戦える武器が必要なのだ。
事務所を出て、体験希望の生徒が待っている部屋に向かう。
「すみません。お待たせいたしました」
木製の扉をノックすると、「はい」と低い声が返ってくる。
多希が入室するのと同時に、ダークネイビーのスーツを着た男が顔を上げた。
──う、わ……。
他人の美醜についてとやかく言う三好が、「結構イケメン」と評するだけある。
いや、結構なんて言うのは失礼ではないだろうか。
「多希くん好みの」とからかわれた言葉を思い出し、顔が熱くなった。
──あの人、人の好みとかピンポイントで当ててくるんだよな。
「あの、何か?」
「え……あ、すみません」
下心を掻き消すように、多希は一度咳払いをした。
意志の強そうな深く黒い瞳に、それを助長させるような少し上がった目尻。
鼻筋と唇は細い線をすっと滑らせたようなシャープな印象。
けれど、貧弱そうには見えないので不思議だ。
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