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唄う
タワーマンションの屋上に人影が一つあった。
その背景には蒼天が続く。青は可視光線の中で波長が短く、太陽光で一番綺麗な色を地球に落とす。きっと人類には宇宙のどの星から仰ぎ見ても、似たような色に見えるだろう。
その人影も同じように思った。それから宙空へ飛んだ。
なんの躊躇いもない、美しい羽ばたきだった。
唄が聴こえる。
口のあけ方、喉の開き方、顎の出し方、声の置き所のイメージ、描きたい感情。僕はマイクの前で丁寧に彼女への思いをのせた。
自分の声が返ってくる。酷い感情に思える。でも、自然と胸が焦げた。
逢いたい。
F5の自分のファルセットが頭蓋骨で響きわたる。
あぁ、君の髪が揺れる。笑って、はしゃいで、僕から逃げて。
自然と下を向いた。
どうか、どうか、長く生きて欲しい。
「試してみたい」
白血病を患った彼女の時間は、もう殆ど無いと先生が言っていた。
数年前に政府が発表した、冷凍保存法は治療の見込みのない人間に限り適用できる法案だった。未来に行けるのは彼女だけ。
臆病な彼女の瞳を見つめて、僕は彼女の手をとった。
「いってらっしゃい」
僕の唄が蒼く乱反射していた。
僕は、先には行けない。だから、先に行こうと思ったんだ——
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