離れる、離れない、離れたくないない  現在(二十六)

2/37
前へ
/381ページ
次へ
 日本で初めての撮影は、屋外だった。  近くのスタジオでメイクを済ませて衣装に着替えた。秋に春服の撮影はかなり寒いが、カイロを持たせてくれて小さな電気ストーブもあるからなんとか耐えられる。  カイロを見るといつも粋を思い出す。寒い冬の練習は、いつも暖まったカイロを二つ、寿にくれた。  移籍会見はいつやるのだろう。スマホで検索した。  まさにこれから会見が開始されるようだった。リアルタイムで配信するサイトを見つけ、タップした。 「サッカー好きなんですか?」  ヘアスタイルの手直しをしていたヘアメイクの矢並陽次朗が声を掛けてきた。わざと言っているのかと思い振り向くと、不思議そうに見返された。 「御坂粋ですよね、これから移籍会見ですか? グルーネ・レオネンに移籍するんですよね。こんなビッグネームの人が冬の移籍市場で移籍するって、結構珍しいんですよ。あ、始まりますよ」  矢並は本当に寿と粋のニュースを知らないらしい。  あえて余計な話はしなかった。  画面に粋が出てきた。スーツを着ている。たびたび、日本代表の行き帰りなどで粋のスーツ姿を見ることができた。  粋のスーツ姿は寿のツボだった。とても格好いい。  スーツ姿の粋がお辞儀をすると、座らずに立ったまま話し始めた。 『このたびは、私のためにお忙しいところありがとうございます。まず、最初にお騒がせしております事柄につきまして、改めてお詫び申し上げます。昨日、メールでお送りいたしました通り、私、御坂粋は芹沢寿さんと、とても良いお付き合いをさせていただいております。みなさまにおかれましては、どうぞ温かく見守りいただけますようお願い申し上げます』  深々とお辞儀をすると、粋が着席した。  ちゃんと社会人らしく、堂々と話せている。そんな粋をスーツがさらに際立てている。これでもっと女の子のファンが増えるかもしれない。
/381ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1794人が本棚に入れています
本棚に追加