離れる、離れない、離れたくないない  現在(二十六)

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 矢並の話を思い出した。粋は生意気にも一つ一つのカットを入念にチェックしていたらしい。 「とてもプロ意識の高い方で、現場もかなりピリピリしてました」  興奮気味に話す矢並に、ゴマすりみたいな感じはなかった。きっと、心からそう思っているのだろう。  でも。でも、だ。  プロ意識の高さを褒めるのと、こんな卑猥なショットを撮られるのとではわけが違う。  しかも、寿に事前に話をしておく時間はあった。あったのに、移籍の話も雑誌の話も一言もなかった。  せめて言っておいてくれたら、そう思ってはたと気付いた。  寿も、パリに行く話しはしていなかった。この点はおあいこだ。  もうすぐ横浜駅に電車が到着する。LINEが届いた。 『広瀬がいるから、上がって待ってて』  一つ一つの単語の裏で粋が何を考えているのかは読み取れない。まずいと思って何か言い訳でも考えているのだろうか。粋のことだから、何にも考えていなくて、罪悪感すらないのかもしれない。  たくさんの人波に紛れて、降車した。改札に向かいながら、ケーキでも買って行こうかなと思った。  昨日、久保たちが話していた。粋は甘いものが好きらしい。甘い物好きは初耳だった。  交際期間でいえば、五年はとても長い。でも、実質はどうだろう。数か月に等しいかもしれない。  まだまだ知らない粋が多い。  離れれば、知る機会はもっと減る。今のうちに色々知っておきたい。できるだけたくさん、粋を知りたい。  デパートの地下にあるペストリー・ショップで、種類の違うケーキを五個買って、粋のマンションに向かった。
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