離れる、離れない、離れたくないない  現在(二十六)

9/37
前へ
/381ページ
次へ
「本当にさ、まだまだ知らないことばっかりだよ、粋のこと。これも、知らなかった」  バッグから『Lazy』を出して、テーブルに置いた。 「山森梓さんのメイクを担当した方が、今日の仕事でメイクをしてくれたの。その人が発売日前の見本誌持ってて、くれたの」  雑誌を見た粋の顔が輝いた。 「俺もさ、今日、貰ってきたんだよ。寿を驚かせようと思ったんだけど、どう驚いた?」  星のように煌めく瞳で、粋が顔を覗き込んできた。  有り得ない反応に、どう対応するのが正解か、一瞬、見失った。 「あいだをごめんね、俺にも見せてくれるかな?」  広瀬は雑誌を手に取るとペラペラと捲った。無表情で一通り見た後、雑誌を置いて寿を見た。 「御坂はこれを話していなかったんだね?」 「そうですね」 「そして、今日初めて見たと、なるほど。俺の後輩の芹沢にではなく、御坂粋の恋人の寿ちゃんに訊くよ。どう思った?」 「死ね、ですね」  広瀬は立ち上がると、キッチンに自分の食器を下げた。 「御坂。お前は俺の言うことを聞かなかったわけだな。俺は、芹沢に話せと言ったはずだ。出掛けるよ、今夜は帰らないから。身から出た錆だ、自分でなんとかしろ」  広瀬は、またも申し訳なさそうな顔をした。目礼を交わして、部屋を出て行った。  鍵を掛ける金属音が聞こえて、部屋の中は冷たい静寂に包まれていた。  粋だけが、首を傾げていた。
/381ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1794人が本棚に入れています
本棚に追加