離れる、離れない、離れたくないない  現在(二十六)

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「なんで、こんな仕事を受けたの?」  粋の黒目が小さくなった。驚く意味が分からない。 「え? だって、仕事だから」  冷静に冷静に。そう言い聞かせても、顔が引き攣るのが分かった。 「仕事なら何でもするの? あなたの本職は何ですか? サッカー選手ですよね? サッカー選手が、こんなに、こんなに……こんなにエロい企画のモデルをしてどうすの? どこを目指してんだよ、バカ」 「エロい企画ではないよ。すごくよく練られているし、スタッフの方々もとても真摯に取り組んでるんだ。梓さんも、とても真剣で、だから俺も全力で取り組んだ……」  寿は、咄嗟に手を挙げた。粋を引っ叩きそうになった自分に驚いて、仰け反った。粋は、避けようともせずに寿を真っ直ぐに見ていた。 「最初は断ったんだ。でも、出版社の担当さんと梓さんに何度も根気よく説明された。説明されて、納得して受けたんだ。後悔はないよ」  この人とは何を話しても交わらない。何も見えない深淵の底に落ちるような感覚に襲われた。 「……粋の部屋どこ?」 「トイレの隣。名前が貼ってある」  頭を冷やそうと思った。  寿は立ち上がると、『御坂』と殴り書きしたテープの貼られた部屋に入って鍵を掛けた。 「寿?! どうしたの?」  粋が激しくドアを叩いた。 「籠城するの! 入ってこないで。粋とこれからも付き合っていけるのか、よく考えるから」  小さなテーブルをドアに寄せて、開かないように押さえた。でも、粋は入ってくる様子もなく、ドアの外は静かになった。  粋のベッドに座ると、部屋を見廻した。
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