1794人が本棚に入れています
本棚に追加
/381ページ
「いって!」
ドアは何かにぶつかり、直角にしか開かなかった。裏側を覗くと、しゃがみ込んでいる粋が、肩を擦っていた。
「……そこで何してるの」
「出てくるの待ってた」
「何やってんだよ。風邪引くよ? まだ、Jリーグの試合、残ってるんでしょう? そんなので出れなくなったらどうするの」
差し出した手を粋が握った。粋の指先は氷みたいに冷たかった。
「めちゃ冷えてんじゃん。もう本当にバカなんだから。リビングにいれば良かったのに」
「……ごめん」
本当に、サッカー以外は下手くそすぎて困る。
寿は冷たい指先を包むようにして握った。
冷えた指も抱える思いも、少しでも温かくなればいいと思った。
「来て、これを燃やすから」
ミサンガを見せると、粋の手を引いてキッチンに向かった。
「え! それ、駄目だよ。燃やすって何だよ。絶対に駄目だ」
「マジでうるせえ。いい、色々上手くいかないのは、粋がこれをちゃんと処分してないからだよ。分かる?」
粋が仏頂面で寿を見ている。この期に及んで、こんな顔ができるなんて、その勇気は褒めてやってもいい。
「これ切れたの、いつか知ってる? もう四年も前なんだよ。その間、後生大事に持っていたわけでしょう、どんな神経してるんだよ」
「……だってさ、俺があげたものを寿がずっと身に付けていたわけだろ? それを捨てるなんてそんなのできないよ」
「ミサンガっていうのは、願掛けをして身に付けるんだよ。で切れたらすぐに処分するの。そうしないと願いは叶わないの。切れたものを持ち続けたら、駄目なんだよ」
粋は知らなかったようだ。黒目が小さくなっていた。
「ライターある? あと、ステンレスかガラスのボール」
粋はシンクの下から、琺瑯のボールとチャッカマンを出した。寿は、ボールの中にミサンガを入れた。
「粋が火を付けて」
一瞬、戸惑いを見せながら、粋はミサンガに火をつけた。
ミサンガはなかなか燃えなかった。
静かなキッチンに、チャッカマンのガスと点火の音が響いた。やっと火がついて、暗いキッチンにオレンジの火が灯った。
炎をあげるミサンガをしばらく二人で見ていた。
最初のコメントを投稿しよう!