離れる、離れない、離れたくないない  現在(二十六)

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「グレーだけど確定ではないから、俺は普通の子供と同じだと、母さんは喜んでいた。この作文も、先生に提出する前に見られて、言われたんだ。『人の気持ちが分からないなんて、みんなが見るものに、こんなことは書いてはいけない』って。ああそうか、これは人に言ったらいけないんだって、その時に知った」  笑う粋の顔はいつもとなんら変わらなかった。  それなのに、そこにいるのは、中学生の時に初めて見た粋でもなくて、葦沢高校サッカー部キャプテンの粋でもなくて、横浜ユナイテッドの日本代表の御坂粋でもなかった。  大人によって抑え込まれた幼い粋が、目の前にいた。 「粋は……ずっと、苦しかった?」 「どうかな、あんまり考えたことない。サッカーがあったし。サッカーを一生懸命やったら、少しずつ周りと上手くやれるようになった」  泣くな泣くな。頭の中で繰り返した。  ここは泣いていいところではない。  今泣いたら、粋は憐れみをかけられているように思うかもしれない。 「広瀬だけには高一の時に話した。あいつは、返事すらしなかったけど、でも、俺が、三年間葦沢高校でやってこれたのは広瀬のお陰だと思う」  粋の指が寿の髪に触れた。人差し指でサイドの髪を掬って耳にかけた。粋の顔には、懐っこい笑みが浮かんでいた。 「高三になって、寿を好きになった。言わなくちゃいけないって思ってたのに、嫌われるのが怖くて言えなかった。騙していて、本当にごめんね。辛い思いをさせてごめん」  なんで阿呆のくせに、人の気持ちが分からないって公言するくせに、寿を思いやるようなことを言うのだろう。心がヒリヒリした。粋のくせに気に掛けるような言い回しが、妙に腹が立った。 「辛い思いをさせてって言うけど、私にとって何が辛い思いなのか、分かる?」  粋が首を傾げた。やっぱり阿呆だ。 「ごめん、分かんない。でも、こういう分かんないのが、寿を傷付けるんだろ。これは病気で、俺の特性でもあって、一生治らないんだ。だから、寿は俺と別れたほうがいいのかもしれないなって……」  気付いた時には、思い切り粋の頬を引っ叩いていた。
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