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部屋の中に、ランウェイが見えた。
この仕事が心の底から好きだ。デザイナーたちの作品の魅力を寿の動き一つで最大限にまで引き出す、モデルの仕事を愛している。
どんなに辛いレッスンも、他のモデルからのいじめも、寿を快く思わない他ブランドのクチュリエからの嫌みも、その他罵詈雑言も、さっきのようなセクハラだって、ランウェイに立つ瞬間には全て忘れられたし、耐えられた。今まではそうだった。
「"ブラボーコトブキ! 素晴らしいわ。あなたは私のアテーナーよ"」
ミシェルが抱きついてきた。また何かされるかと思ったが、さすがに芙季の前ではやらないみたいだった。
ミシェルのクチュールデビューは成功間違いないと、ミシェルと芙季は盛り上がった。 クチュリエに手伝ってもらい、ドレスを脱ぐと服に着替えた。
昨夜、粋に愛され尽くした体を他の男に晒すのは、複雑な気分だった。これからも、モデルとして多くの人前に晒すだろう。
普通は、愛する人以外に裸を見せるものではない。
恥ずかしいとか、見せたくないなんて、今まで一度も思わなかったのに、今は抵抗感を拭えなかった。理由は分かっている。
粋が触れたから。粋に愛されたから。だから、誰にも触れられたくない。
「ちょっと、寿、聞いてた?」
芙季が寿を覗き込んだ。
「え? あ、ごめん、聞いてなかった」
「"だから恋に浮かれる女は嫌いなのよ"」
舌打ち混じりに生意気な台詞を吐いたミシェルを、寿は思い切り睨んだ。
「"コトブキとエクスクルーシブ契約を結びたいと、お願いしてるのよ、私"」
エクスクルーシブ契約。つまり、専属契約だ。エクスクルーシブ契約は、モデルにとって栄誉なことだ。でも、活動が制限されて、他のブランドへの出演ができなくなるデメリットもあった。
迷いが顔に出ていたようだ。芙季は、持ち帰らせてほしいとミシェルに伝えた。
その日は、部屋でランチをともにし、ミシェルと別れた。
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