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「芹沢?」
呼び止められて振り返ると、卒業ぶりの山原がいた。
「うわ、山原! めっちゃ久しぶりだね」
山原は卒業と同時に鹿島エコー・フォレスターズに入団した。
「茨城から来たの?」
「ああ。お前は? 今どこにいるんだっけ? キャプテンと同棲でもしてるんだっけ?」
「してねえよ」
「あれ? 結婚とか言ってなかったっけ、キャプテン」
山原は粋を今でもキャプテンと呼んでいた。不思議だ。同じ時期を過ごした仲間が『キャプテン』と言うと、キャプテンの粋が蘇る。
「なんかさ、あれだよな。キャプテンから溺愛されてるよな、お前。前からそうだったけどさ」
溺愛なんて単語は、小説や漫画でしか見たことがなかった。それを山原の口から聞いて、急に恥ずかしくなってきた。
「全国大会の決勝、覚えてるか? うちのメンバーの悪口を泰成実業の奴らが言ってるのを聞いて、芹沢が悔しくてハーフタイムでめちゃくちゃ泣いてだろう。後半のキャプテンの気迫はマジで凄かったからな」
粋のハットトリックで、葦沢高校は劇的逆転優勝を果てした。あの時の姿は今でも忘れられない。本当に格好良かった。
あの時、言われた。背筋を伸ばして前を見ろと。
「店入ろうぜ。たぶん、与井先輩はもう来てる」
溺愛、されているのだろうか。されている気がする。粋は寿に甘い気がする。どんなわがままでも、きいてくれるだろうか。
ずっと俯いていたら、きけないわがままも叶えてくれるだろうか。
山原と一緒に店に入った。与井はいた。里中もいた。粋はまだ来ていなかった。
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