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「たぶん、そんな女が目の前にいたら、顔は笑っちゃうし、もしかしたら触っちゃうかもしれないけど、それ以上は我慢できると思う」
触るって……。粋を見ると、実際にそうなったわけではないのに、申し訳なさそうに顔を顰めていた。
「触んのかよ! 触ったらやるだろ、最後まで」
「やんねえ。絶対にやんない。俺、たぶん、嘘付けないし。バレて寿が泣く姿を想像したらできねえよ」
どこかドヤ顔なのが腹が立つ。寿に言わせれば、我慢するのはちっとも偉くない。何よりも、その状況までいってしまうこと自体が悪なのに、たぶん、粋は分かっていない。
「私は粋が浮気をしても泣かないよ」
驚きで上がったのであろう眉の下にある、粋の奥二重の目が見開かれていた。黒目が小さい。
「泣かないの?」
「うん、泣かない。でも、ぶっ飛ばす。ちょーボコボコにして粋を不能にする」
ボコボコにされて不能になった自分の姿を想像したのか、粋の顔色が青くなった。
「ぷはっ、不能か、それはいいな」
広瀬は吹き出すと、楽しそうに声を上げて笑った。
「御坂は決して下心があってLINEに返信しているわけでもないし、疚しい思いを隠して山森梓を連れて来たわけでもない。そんなことは芹沢も分かっているんだよ。もう分かるよな、この裁判の争点が。なあ、里中」
里中がグラスに残っていたビールを呷った。
「阿呆御坂の無神経さを自覚させるためってわけか。酒のせいで忘れてたよ、こいつがどれほど阿呆だか」
「その通りだ。良くできたな」
寿の横で粋が、「俺、先輩なんだけどな……」と小声で呟いた。見上げると、バツが悪そうに小鼻を掻いていた。
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