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「……今日はごめん」
「何に反省してるの?」
「あず……山森梓を連れてきたこと」
「まだあるでしょう?」
「料理教室の女と連絡を取ってたこと」
体を捩ると、腰を抱く腕を外して粋の指に指を絡めた。
「この一週間、粋はずっと料理教室に通ってたの?」
「うん。練習の後とかに。年末にベルギーに発つんだ。だから、少しでも家庭料理を覚えておこうと思って通ってた」
「教えて欲しかった」
「ん? 何を? 料理?」
本当に阿呆すぎる。
リンゴの皮を剥くのとカップラーメンしか作れない粋にどんな料理を教えてもらうというのか。
「違うよ、もう本当に粋は阿呆だ!」
絡めた指を振り解くと、寿は戸惑う粋の両頬を抓んだ。
「私が教えて欲しかったのは、料理教室に通い始めたことと、あと……」
寿は酔っていた。酔っている自覚はないが、きっと酔っているのだと思った。
さっきは何とか堪えられた涙が一雫溢れた。
一度溢れてしまえば、次々に溢れてきた。
「あと、いつ……いつ、日本を離れるのか、教えて欲しかった」
最終節まであと二週間くらいだ。それが終われば、あっという間に年末がやってくる。
「寿は、いつパリに行くの?」
噛み締めた奥歯の隙間から嗚咽が漏れた。同じ頃だと答えたいのに、言葉にならなかった。
「クリスマスは一緒に過ごせる?」
寿は首を縦に振った。粋がポケットからハンカチを出して、止まらない涙を拭った。
「今夜はうちに行こう。広瀬からLINEが来て、あいつらは里中の家に行くらしいから」
粋にバッグを奪われ、空いた手を握られた。
いつまでも流れる涙を粋の香水の匂いがするハンカチで拭いながら、指を絡めた手を引かれて歩いた。泣きながら、街路樹のイルミネーションを見上げた。
クリスマスは一緒に過ごせる。嬉しくて余計に涙が出た。
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