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「私は大丈夫だよ。粋は、大丈夫? 広瀬先輩がいなくて、やっていける?」
「大丈夫だよ。そのために料理教室に通ったんだ。とりあえず、目玉焼きと魚は焼けるようになった」
粋が得意気に笑った。
「焼くだけじゃない、二つとも。他には?」
「味噌汁だろ、あと、先生が貝の白ワイン煮と牛肉の煮込みみたいなの教えてくれた」
既婚者のくせに粋を誘惑しようとした女だ。確か、『すごく男らしくてドキドキしました』とか、送ってきていた人だ。
無意識に怒りが顔に出ていたのだろう。ホットワインを吹き出しそうになった粋が、慌てたように寿の腰に腕を回してきた。
「誤魔化されないよ。粋は、優し過ぎるんだよ。少し品を作って頼まれたら、鼻の下を伸ばしてほいほい聞いちゃうんでしょう」
「困ってたら助けるだろう。それに、鼻の下は伸ばしてない! 先生も料理教室の人たちも山森梓も、性的に見たことはない」
「……誘惑に流されそうになったことがあるって、言ってたじゃない」
「あれは、昔の話で、流されそうになったけど流されてない。俺がこうやって触ったりキスしたりしたいのは、寿だけだ」
わざと横目を細めて、疑うような表情を作った。
分かっている。これは、本音だ。粋は、嘘が付けない。
「皆の話を聞いて、よく分かったよ。下心があるかどうかとかよく分からないけど、誘いが来たら断る。恋人がいるって、恥ずかしくて他人に話したことないんだけど、それももっとアピールする。結局はさ、俺がチョロそうだと思われて皆声を掛けてくるんだよな」
一概にそうは言えない気がした。
きっと粋は、肉食系女子が好む容姿と性格をしているのだろう。背が高くて、筋肉質で、サッカーが上手くて、顔もいいし、優しい。
その上、この天然なところが年上女子の母性をくすぐり、落とせそうな気にさせるのだろう。
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