初恋の人 (寿・現在)

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 粋が冷蔵庫から岩海苔を出した。鮭と鰆の西京漬けを広瀬がテーブルに並べた。 「好きな物を取ってくれ。芹沢はどちらがいい?」 「じゃあ、鰆で」  ほぼ昼ご飯に近い時間帯だった。食卓を囲んで、全員でいただきますと手を合わせた。 「何でお前ら帰ってきたんだよ」  岩海苔をたくさんご飯に載せて、粋が一口頬張った。 「里中の部屋に、彼女が来たんだよ。楽しく飲んでたんだけど、そのうち修羅場みたいになってきて、俺と広瀬は退散してきた」 「そういや、山原は?」 「あいつはつぶれて寝てたから置いてきた。噂をすればなんとやらだ」  与井はポケットからスマートフォンを出すと操作をした。 「もしもし? ああ、広瀬んちに帰ってきた。今、飯食ってる。お前も来るか? おう、待ってるぜ。山原だ。里中と彼女はまだ険悪らしいぜ」  里中に、粋が浮気をしていると疑っていた時に、俺にしないか? と言われた。一週間前の話だ。  俺は浮気をしないと断言していたが、実はすでに恋人がいたということだろう。もしあの時靡いていたら、寿が浮気相手になっていた。 「里中あいつ、寿に手を出そうとしながら、実はしっかり彼女がいたってことか」  粋がぼそりと呟いた。 「お前、あれか? トイレに籠城したときのこと言ってるのか? あれは、お前を誘き出すためにあえてやってたんだぞ」 「いや、里中と寿、あの日の朝にボックルで朝飯食ってたんだ」  広瀬と与井が目を瞬かせた。 「その後、練習前に、里中に全力で寿を奪うって言われて、俺はディフェンスが苦手だけどどうしようって、すげえビビったんだ」 「ああ、あの時か。お前の様子が確かにおかしかったもんな」  広瀬が吹き出した。 「ディフェンスが苦手か。何か、お前らしいな」 「里中は、何日か前に付き合いだしたらしいぞ。高校の同級生って言ってたけどな。気は強いけどいい子だったよ」  この話はここで終わった。  寿も妙な気分だった。  寿と粋が仲直りをしたから、里中は高校の同級生と付き合い始めたのだろうか。なんだか、彼女に失礼だ。失礼だけれど、寿や与井が言う話ではない。皆もそう思うから、これ以上何も言わないのだと、勝手に合点した。
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