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巨大な嵐のような歓声がスタジアムに轟いた。
どんな風に粋が喜んでいるのか、どんな風にもみくちゃにされているのか、寿には見えなかった。
皆、たぶん立ち上がっている。でも、寿は立ち上がれなかった。
初めてこの目で見た、プロの粋の試合。
一か月前には、粋の試合を観る自分の姿を想像できなかった。粋のプレーはテレビや動画で観るものだと思っていた。
帰国しなければ、勘違いを重ねてすれ違いばかりだった。
山森梓は油断ならないけれど、山森梓が粋に近付かなければ、帰国しなかったかもしれない。
いや、でも、粋のことだ。あざと女子にロックオンされて、妙な情と親切心につけ込まれて、何かしら写真を撮られていただろう。
「おい、芹沢、立て」
与井に腕を掴まれた。
「無理です、すごい顔してるから」
「いいから立て。御坂が、心配そうにこっちを見てる。ちゃんとあいつの頑張りを労ってやれ、称えてやれ」
顔を上げると、喜びを爆発させたチームメイトの横で、粋が寿を見ていた。心配そうに眉を顰めている。
泣いていたら粋が心配をする。
コートの袖で涙と洟水を拭って立ち上がり、寿は立てた親指を前に突き出した。
粋は、満面に笑みを浮かべて、立てた親指を空に突き上げた。
汗でカールするくせっ毛が、愛らしい。このままピッチに飛び込んで思いっきり抱き締めたかった。
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