幸せな時間 寿・現在

1/14

1795人が本棚に入れています
本棚に追加
/381ページ

幸せな時間 寿・現在

 寿のパジャマはジェラートピケだ。芙季の趣味だった。  ざっくりと編まれたアイボリーのパーカーの下同じ柄のショートパンツを穿いて、靴下を膝下まで伸ばして、ソファでごろごろしていた。  テレビのスポーツニュースでは、ついさっきまで、粋の壮行セレモニーのスピーチが流れていた。  たぶん、一度シャワーを浴びたのだろう。  テレビの中、ロッカールームから戻ってきた粋のくせっ毛は、落ち着きを取り戻していた。  溢れる涙を拭う可愛らしい女子たちがアップで捉えられていた。目を赤くした男性の姿も映った。  寿は泣かなかった。真面目に話す粋を見逃さないよう、瞬きもせずに見ていた。  帰り際、与井たちに食事に誘われたが、今夜は真っ直ぐに帰ってきた。さすがに十四時間のフライトの後の試合観戦は疲れた。  粋は今頃、クラブのチームメイトたちと飲んでるのだろうか。  LINEに、『おめでとう、お疲れさまでした』と送ったが、ありがとうの八咫烏のスタンプが送られてきたきりだ。  当然、今夜は会えない。でも、明日は会えるだろうか。  寿のせいとはいえ、十日も会っていない。  スマホを操作して、粋の写真を表示した。  会いたかった。今すぐ会いたい。  粋は、会いたいと思っているだろうか。  きっと、粋の飲んでいる席に女の人だっているはずだ。もしかしたら、キャバクラとか女の子のいる店にいるかもしれない。  粋は浮気をしない。でも、相変わらずモテているかもしれない。寿はこんなに会いたいのに、粋は他の女と飲んでるかもしれないと思うと、腹が立ってきた。  LINEを開いて、今すぐ会いたいと入力して、すぐに消した。そんなわがままを言えるわけがなかった。
/381ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1795人が本棚に入れています
本棚に追加