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冷たい空気が頬に当たった。外に出たみたいだ。
「すみません、先輩ここまで来てもらって。俺はギブっす。こいつ飲ませないほうがいいっすよ」
山原よりも大きい誰かが、座り込みそうになった寿を抱き止めた。
「家だと酔わないんだけどな。楽しかったんだろ。悪かったな、山原」
粋の声だ。道に迷った粋が外にいた。
コートに顔を付けて思いきり吸い込むと、いつも付けている香水の匂いがした。
「店戻るのか?」
「いや、横浜行くっす」
寿を抱えて、歩き出した。顔を上げたいけれど、眠かった。何より、粋に抱えられているのが、とても心地良かった。
「与井先輩いるんすよね。戻ってもいいんですけどね……皆、大学生じゃないですか。話してると、羨ましいなぁとか思っちゃうんですよね。俺なんて、サッカーやるしかないから、毎日背水の陣みたいな気持ちなのに、皆は楽しそうでいいなって」
「……お前はサッカーが嫌いか」
「好きっすよ。じゃなきゃ鹿島に入らないですよ」
「じゃあ、頑張れ。サッカーは裏切らない。努力は自分に必ず返ってくる。お前は誰よりも楽しい仕事をしてるんだ。他と比べるな、前だけ見てろ」
「うっす。俺の夢は、日本代表で御坂先輩とまたプレーすることなんで、頑張ります」
山原の声に張りが戻った。粋にしては良いことを言う。
本当に自慢の恋人だ。
大好きな自慢の恋人に、告げなくてはいけないことがある。
事務所でさっき芙季に言われた言葉が思い返された。アルコールまみれの言葉は、ふわふわと頭の中を舞っていた。
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