そばにいたいのに 寿・現実

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「タクシー呼びますか?」 「そうだな……」  寿は粋の肩を押すと倒れないように足を踏ん張った。 「大丈夫、歩ける。ここ銀座だから歩いて帰る」  粋と山原が心配そうに顔を見合わせた。 「俺はタクシーが良いと思うけど。今だってフラフラしてるし、御坂先輩に迷惑掛けるだろ」 「うるせえ山原。歩いて帰りたいの。いいでしょう、粋」 「いいよ」  粋が聖母マリアみたいに微笑んだ。  きっとこうやって、色んな女の子たちの頼みを今まで聞いてきたのだろう。こんな顔でいいよって言われたら、絶対に好きになるだろうし、ポーっとした頭で両思いかもしれないと女子たちも勘違いするかもしれない。 「この顔駄目、もっとこう、嫌なやつみたいに笑って」 「嫌なやつ? 悪役ってこと? こんな感じ?」  眉間に皺を寄せて、口の片端を上げた。 「違うよ。もっと性格が悪そうに笑って。……違う、そんなんじゃなくってさ」 「……あの、俺、帰っていいっすか」  振り返ると山原が、粋の頬を抓んで引っ張る寿を呆れたような顔で見ていた。 「これ! こういう顔でさ、笑ってみ。そしたら、普通の女子たちは脈なしって諦めるから」 「ええ? こう?」 「お前……失礼だな。今の俺の顔が性格悪そうだっていうのか」 「あんた性格悪いじゃん」  山原は性格が悪い、と昔から寿は思っていた。  頼んだことはやってくれるが、変に達観しているし、ノリが悪い。どこかいつも冷めている。  でも、不思議と気が合ったし、一緒にいて気負わない数少ない友達だった。
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