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寿の不安を見透かしたのか、粋がまた優しく抱き締めた。
離れたくない。粋と再会してから、何度思っただろう。
今生の別れでもなければ、恋人関係を解消するわけでもない。いつか結婚しようと約束も交わしたし、素敵な指輪をオーダーした。
でも、何か不測の事態が起こって、会えなくなったら?
可能性はゼロではない。そう考えるだけで、足が竦む。
三年前は、粋は見送りに来なかった。試合があったから仕方がないし、その前に「サッカーに打ち込みたい」と言われていたから、我慢できたし、こんなふうには少しも考えなかった。
どうして、大切なものが増えると、辛いのだろう。愛しい気持ちが積もれば積もるほど、欲も深くなる。
「……すぐに会いに行くから」
鼻の奥がツンとした。喉に力を込めて、寿は顔を上げた。
微笑むと、心配そうな顔のまま粋が頷いた。
「戻ろう。錬が遅いって癇癪起こしてるかも」
「あれ、トイレは?」
「お手洗いに行くって言ったら、粋がついてきてくれる気がしたの。話せて良かった」
「俺もそんな気がしたんだ。俺やっぱりすげえな」
得意気に鼻の穴を膨らまして笑っている。
粋の鼻を抓むと、驚いて黒目が小さくなった。この顔とも、しばしのお別れだ。
「行こう」
寿は粋の手を握った。粋の腕時計の時間を見た。時間は非情だ。針はさっきよりも進んでいた。
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