1794人が本棚に入れています
本棚に追加
芙季の荷物はまだみたいだ。寿は、粋のトークルームを開いて、通話を押した。
「もしもし! 寿? どうした?」
すぐに粋が出た。スピーカーの向こう側で、どよめきが聞こえてきた。
「与井先輩が、粋が酔っ払って泣いている動画を送ってくれたの」
「ええ! ふざけんな与井、消すって言っただろ。消せ、今すぐ消せ! 消さねえんだったらこれだ!」
粋の声がどんどん遠退いていく。いったい、何をしているのだろう。
「もしもし? 粋?」
返答もない。騒がしい声だけが聞こえてくる。
きっと、プロレスをしているのだろう。日本は夜中だ。こんな時間にこんなに大騒ぎをして、苦情が来ないのか心配になった。
「もしもし? 切るよー粋」
「芹沢、待ってくれ」
広瀬が出た。
「どうだい、パリの空気は」
「……寂しいです。できれば、今すぐにそっちに行きたいです。粋には内緒にしてください、きっと心配するから」
「時々、バカどもの写真でも送ろうか。お守り代わりに」
「ぜひぜひ。広瀬先輩も頑張ってくださいね」
「ありがとう。……珍しく与井を倒せたみたいだ。代わるよ、芹沢、けっぱれ」
広瀬は東北の出身だが、今まで一度も方言を出したことはなかった。広瀬の口から初めて聞いた方言に、胸が熱くなる。
最初のコメントを投稿しよう!