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素敵な日になるはずでした
あれは、10年前の1月20日の出来事だった。
私、青柳楓は、母の典子と二人暮らしだった。
私が、5歳の時に母は父を病気で亡くし、それから10年間必死で私を育ててくれたのだった。
1月20日は、父である隆俊の誕生日だった。
毎年、父を身近に感じれる日で、私はとても喜んでいた。
うっすらとしか記憶に残っていない父の輪郭をハッキリと映し出すこの日は、私にとって何よりも特別な意味を持つ一日だった。
そんな特別な日に、私は、真っ赤な薔薇の花を一輪買って帰宅する。
一月のお小遣いは、この薔薇の花を買う為にお菓子を3つ我慢していた。
今日も、私は学校からの帰り道に薔薇の花を一輪買って帰宅した。
「お帰りなさい」
母が、いつもよりも一段とおしゃれな気がしていた。
「ただいま」
「早く着替えてきて!パパの誕生日を始めましょう」
「わかった」
私は、母に薔薇の花を渡した。
「花瓶にいれるわね」
母は、今にでも鼻歌を唄いそうな程嬉しそうにしていた。
母にとっても父の誕生日が特別なものだというのが、さっきの感じでよくわかった。
私は、モコモコの部屋着に着替えてリビングに行った。
「楓ちゃん、早く座って!」
早く座ってと言われたダイニングテーブルに優しそうなおじさんとその隣に羽村先輩が座っていた。
「初めまして、楓ちゃん。お母さんとお付き合いをしている羽村喜一です。こっちは、息子の陽二です」
さっきから、母がウキウキしていたのはこいつが来るからだったのか…。
「今日来たのは、他でもないんだ。お母さんとの結婚を認めて欲しくて…。楓ちゃん、お母さんをおじさんに下さい」
私は、おじさんに深々と頭を下げられる。
『認めない』
同時に声を出したのは、羽村先輩だった。私は、驚いて先輩を見つめていた。
「陽二、お前まで何を言い出すんだ。あんなに昨夜話し合っただろ?」
「まだ、母さんが死んで10年だ。認めるわけないだろ」
羽村先輩は、泣きながらお父さんにそう言っていた。
「楓ちゃんまで、どうして?」
母の言葉に私も泣いていた。
「まだ、10年よ!それに、今日がどんなに特別かわかっていながら最低よ」
そう言って、私は立ち上がって部屋に行った。
母にとっては、もう10年だったのかも知れない。だけど、私にとってはまだ10年だった。
どうして、わかってくれないのか悲しくて泣いていた。
そして、どうして、相手があの人なのか…。
コンコンー
「はい」
「ちょっとだけいい?」
「はい」
涙を拭って、起き上がった。
そんな私の前に羽村先輩がやってきた。
「君の気持ちわかるよ!ごめん。父が、君の特別を壊しちゃって…」
羽村先輩は、申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。
「こっちこそ、母がすみません。羽村先輩の事を傷つけて」
私も先輩に頭を下げた。
「いや、昨夜聞かされてたんだけど…。やっぱり、認められなくて…。だからって、君のお母さんが嫌いとかそんなんじゃないんだ」
「わかりますよ。私も同じですから…」
私と羽村先輩は、お互いの顔を見つめていた。
「じゃあ、それだけ伝えたくて」
「はい」
羽村先輩は、部屋を出て行った。
私は、一人またベッドに寝転がった。
羽村先輩がいなくなって、一時間程して部屋をノックされた。
「はい」
「楓、入っていい?」
「うん」
母が部屋に入ってきた。
「ごめんね。今日を壊しちゃって」
「何で?どうして?」
私は、母を見つめて言った。
「10年だから、お父さんに報告をしたかったの。ほら、お墓参りに来るなって言われてるから…」
母は、そう言って目を伏せていた。
「お墓参りにどうして行けないの?」
ずっと疑問だった事を私は母に尋ねていた。
「そうね。もう、楓にも話していいよね」
そう言って、母は私の顔を見つめる。
「お母さん、お父さんの病気に気づいてあげられなくてね。お父さんのお義母さんにね。人殺しだって言われたの…。それで、お葬式が終わったらお父さんの遺骨を持って行かれちゃった。それから、何度も連絡をしたけど会ってくれなかったし…。お墓は、今までお父さんと行った場所から移動させられちゃったの。だから、もう二度と会えなくて…」
そう言って母は泣いていた。
「だから、お母さん。お父さんが亡くなった日が大嫌いなの。だから、誕生日だけをお祝いしててね。でもね、それもね、ずっと苦しかった。だって、お母さんはお父さんを殺した人間だから…」
私にとっての大切な日だった今日が、母にとっては苦痛な日だったと初めて知った。
「そんな話を職場が同じの羽村さんに三年前にしちゃったの。そしたら、羽村さんも私と同じ人殺しだったの…」
母は、そう言いながら涙を流して私を見つめていた。
「お母さんは、人殺しじゃないよ」
その言葉を言うだけで、胸がつまった。
「ありがとう、楓」
「うん」
「じゃあ、お母さん片付けするから」
「わかった」
この日、私と母は、初めて父の誕生日を祝わなかった。
そんな風に言われたら、認めないなんて言えないよ。
◆
◆
◆
羽村先輩も父親から何かを聞いたようで、一ヶ月後、私達の親は再婚をした。
「今日から、よろしく楓ちゃん」
「はい、お兄ちゃん」
「無理しなくていいよ」
「じゃあ、陽二君で」
「うん」
三年生の羽村先輩は、学年のほとんどが憧れる存在だった。
そして、私もその一人だった。
そんな先輩と一つ屋根の下に暮らすなんて、正直緊張していた。
「手狭だったから、思いきって戸建てを買ってよかったね」
そう言いながら、羽村先輩のお父さんは、母に笑っていた。
「そうね。素敵なお家」
私は、この家で唯一青柳姓を名乗っていた。
認めたくなかったのは、羽村先輩と兄妹になるからだったのかな…。
「なぁ、楓ちゃん。入学式の日に捻挫して保健室に来てたよな」
覚えていた事に驚いて、私は陽二君を見つめていた。
「はい」
部屋の片付けをしてる私を陽二君が見つめていた。
ドクン、ドクン…。あの日と同じだった。
◆入学式◆
「皆さん、並んで下さい」
最後にトイレに行っておこうと走って行った私は、誰かが手を洗う時に溢していた水滴で足を滑らせた。
「セーフ」
引っくり返る事がなくて、喜んでトイレに行こうとするとズキン身体中を鋭い痛みが駆け抜けた。
えっ?何で…。どうやら、さっきの勢いで足を痛めたようだった。何とか痛みに耐えながらトイレに行って出てきた。戻った時には、みんな体育館に行ってしまっていた。
「青柳さん、行きましょう」
そう言って、担任の宮藤先生に呼ばれた。
「いたっ」
私は、痛みで思うように歩けなかった。
「あら、大変ね。保健室で休ませてもらった方がいいわね」
宮藤先生は、私を支えてくれた。ケンケンとしながら、保健室にやってくる。
「入学式に保健の先生も出てるから、呼んでくるわね」
「あっ、はい」
そう言って、宮藤先生は保健室から出て行った。私は、一人保健室の椅子に座っていた。
シャー。
暫くして、カーテンが開いた。
「あぁ。そっかあ!入学式か…」
そう言った人を見つめた。
彼を見た瞬間、胸の奥がドクンとした。
スラリとした体に長い手足がはえている。クリクリとした目は、少しだけ垂れている。スッとした鼻に柔らかそうな唇がほのかにピンクにプクリとしていた。
私は、なるべく目を合わせないようにする。
「あれー。そのリボンは、一年生だよね!入学式からサボり?」
関わらないでおこうとしたのに、話しかけられてしまった。
「あ、足を痛めてしまって」
「そうなんだ!大丈夫?」
「あっ、多分」
「俺はね。寝不足」
そう言って、その人はニコニコ笑った。笑うと犬みたいだった。大型犬だ。まるで、ゴールデンみたいだ。
「羽村、帰ろうぜ」
「えっ!おっくん。サボんの」
「今日ぐらい、いいだろ?」
「だなー」
羽村って名前なんだ。
「じゃあ、先生来るまでゆっくりね」
そう言って、羽村先輩はいなくなった。
あれから、私は羽村先輩を探した。
そして、三年生である事を知ったのだった。
そして先輩は、高校を卒業した。
◆現在◆
「俺の在学中に、結婚じゃなくてよかったよな?」
陽二君の言葉に、我に返った。
「陽二君が嫌だったよね」
「嫌、俺は別に気にしないけど…。楓ちゃんは、最悪だったでしょ?」
そう言って、陽二君は私の近くに座った。
「私は、別に…」
ドキドキが止まらなくなるのを感じる。
「卒業式の日に、告白されたんだよね。まあ、これまでも結構されて!適当に付き合っては、別れてたんだけどさ…。今回はさすがに、真剣に考えようって思って」
そう言って、陽二君は私を見つめる。
ズキンと胸の奥が痛んだ。
「どんな人?」
「楓ちゃんの同級生の水森彩花ってわかる?」
その言葉に私は、驚いた顔をした。
知ってるも何も、彩花は仲のいい友人の一人だった。
「陽二君は、水森さんと付き合うの?」
「まだ、わからないけど…。真剣に考えようとは思ってる」
私が先に羽村先輩を見つけたのに…。どうして、彩花なの?
義理でも兄妹になったせいで、告白さえ出来ずに終わった恋。
引きずっていたのがバレないように、「そっか」と呟いた。
あの日、認めたくなかったのは羽村先輩に恋をしていたからだったのを自分でもわかっていた。
母が結婚をして、義理でも兄妹になる。そしたらこの気持ちは失くさなくちゃいけないと感じていた。
「じゃあ、俺も部屋を片付けてくるよ」
「うん」
陽二君が、部屋を出て行った。
「私が最初に見つけたのに…」
スマホのメッセージアプリにある彩花の名前を見つめて呟いていた。
今にも好きが溢れてしまいそうだった。
でも、好きだなんて言えなかった。
気まずい思いをしながら、一緒に暮らしていくなんて私には出来ない。
♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
あの日から、10年が経っていた。
「ごめん、楓」
「もう、早く行かなきゃって言ったのに…」
「わかってるよ」
私は、そう言って笑った。
実家に帰省するのは、年に三、四回程だった。
「お帰りなさい」
母は、私達を見つめながらそう言った。
私達は、リビングに向かった。
「楓ちゃん、陽二、お帰り」
お父さんは、そう言って笑っていた。
「楓、座ろうか?」
「うん」
私と陽二は、あれからたくさんの遠回りをした。
陽二は、彩花とは付き合わなかったけれど、別の彼女を作った。私は、陽二への気持ちに蓋をするように彼氏を作った。
高校を卒業した日、私は母に聞かれた。
楓も大人なのだから、陽二への気持ちを聞かせて欲しいと…。どうやら、お母さんとお父さんからすると私達は互いに空回りしているようで見ていてとても心配だと言われた。
私は、恋心を失くさなくちゃいけないと母に話した。
母は、その言葉に大笑いをして「好きなら付き合えばいいだけじゃない」と言った。
その言葉に、私は驚いた。
そして、私は、陽二に気持ちを打ち明けた。
「もう、7年か?そろそろ結婚をしてもいいんじゃないか?」
お父さんは、陽二にそう言いながらお茶を差し出した。
「そうだね。そろそろ、考えた方がいいかなとは思ってる」
陽二は、そう言いながらテーブルのみかんを剥いていた。
「楓ちゃんは、どうなんだ?結婚は、別の人がいいとか?」
「そ、そんなわけない」
私は、そう言って首を左右に振った。
「別の人としたいなんて言ったら陽ちゃん泣いちゃうわよね」
そう言って、母はケーキと紅茶を持ってきた。
「泣いちゃうって、お母さん。いつまでも、子供扱いしないでよ」
そう言って、陽二は笑っていた。
「不思議ね。やっぱり、親子って好きになるタイプが似るのかしらね?」
お母さんは、お父さんの隣に座ってカップに紅茶を注いでいた。
「そんなの知らないわよ」
私は、母から紅茶を受け取った。
「でも、お母さんは嬉しいよ!どこの誰かわからない人より、陽ちゃんと楓が一緒になってくれるなら嬉しい」
そう言って、お母さんは陽二に紅茶を差し出していた。
「ずっと、二人に会ったら聞こうって思ってた事があったの」
お母さんは、そう言ってニコニコ嬉しそうに笑っていた。
「何?」
そう言うとお母さんとお父さんは、顔を見合わせてからせーのと合わせるように口を開いた。
『好きになったのは、いつだったの?』
二人は、そう言って私達を見つめた。
私と陽二は、二人で顔を見合わせた。
『ナイショ』
私達も、同時にそう言っていた。
「意地悪ねー」
お母さんは、そう言いながらチーズケーキを食べていた。
「残念だったな。母さん」
お父さんは、そう言って紅茶を飲んだ。
いつ好きになったのか何て、私はわかってる。
だけど、陽二は?
陽二は、私の顔を見つめる。
「目覚めた俺の前に、ポメラニアンが居たんだよ。それでさー。話しかけたんだよ」
私は、その言葉に首を傾げた。
「あれは、俺にとって大切な日だったよ!母さんの誕生日だったからね」
そう言って、陽二はケーキを食べた。
「誕生日って事は、四月だな!桜がヒラヒラ舞って…。そうだ」
お父さんは、そう言ってお母さんに何かを話した。
「あら、じゃあ!遠慮なんかしないでよかったのにね」
お母さんは、お父さんと見つめ合って幸せそうに笑っていた。
「俺達も、二人を目指さないとな」
陽二は、そう言って紅茶を飲んだ。
今の母にとって、今日はどんな日なのだろうか?
あの頃よりきっと幸せだよね!
私が、そうなのだから…。
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