傍にいてくれる人

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アトリエとして借りているアパートには、仮眠用のベッドしか家具がない。 あとはイーゼルにキャンバス、画材がいたるところにあるだけの、簡素な部屋だ。 そんな静けさの中、アトリエの主である絵都(えと)が筆を走らせる音だけが部屋を満たしていた。 筆にたっぷりと油絵の具を取る。 キャンバスにべったりと付け、そこから広げるように塗っていく。 不意に絵都の手が止まった。 「……ちがう」 筆を落とすカランという軽い音と、パレットが床にぶつかるカシャンという雑音が生まれた。 絵都はキッチンに駆け込む。包丁を探したが、この部屋には料理器具さえそろっていない。 鉛筆を削るためのカッターの存在を思い出した絵都は、すぐさまリビングに戻った。 床に転がっていたカッターの刃を出した絵都は、ためらいなくキャンバスに刃先を差し込んだ。 そのまま下に、横に、斜めに……。 何度もキャンバスを切りつける。 「いらない! いらない! こんなんじゃない!」 苛立ちをぶつけるようにキャンバスを切り裂いていく。 「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」 ビリビリ、ガリガリというキャンバスが避ける音と、絵都の叫び声が部屋中に響いた。
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