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「三日月ってのはいいねえ、触れると指が切れそうでさ、太陽が男で月が女なら三日月は悪女だよ。時に満月で人を騙してさ、別れの時はあんな風にナイフになるんだ」
「礼子さん、寒くないですか?」
香織が心配した。
「香織お前は幾つになったの?」
「何回も言ってますよ、51です」
「あたしのとこに来た時はまだ18だよな。お前の人生を無駄遣いしちまった。あたいが死んだら全部お前にやるからな、田舎に帰って印税で暮らせ」
礼子が香織の手を握った。
「縁起でもないこと言わないでください。それに私が好きで礼子さんの傍に置いてもらっているんです。私幸せです」
その時三日月が雲に隠れた。大きな鳥がバルコニーの前の林に降りた。
「何だい今の鳥は、たまに鷹は見るけどその比じゃないね」
「礼子さん、中に入りましょう、深夜は森の動物たちと交代しましょう」
香織がハンドグリップに手を掛けた時だった。バルコニーの手摺が揺れて風が吹いた。
「今晩は」
車椅子の隣に金原仙人が立っている。
「何だいあんたは、泥棒なんて怖くないよ、香織、警察に電話しろ」
30年以上が経っている。礼子は金原仙人の存在なんて忘れていた。
「お忘れですか?事故の時、車から抜け出してあげた私ですよ」
金原が焦げ茶色のハンチングを脱いで頭を掻いた。癪がフケを喰らう、喰らい終えて三日月の裏に消えた。
「誰かと思ったらあんたかい。あんたやっぱり仙人だね、ちっとも齢を取らないじゃないか。それでどうしたんだいこんな夜更けに」
礼子はそう言って金原との約束を想い出した。
「まさかその時が来たのかい?」
金原が頷いた。
「礼子さん騙されちゃ駄目ですよ、あんなこと嘘に決まってるじゃないですか」
香織が必死になって反論する。
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