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「しかし天命は避けられない。逃げる事の出来ない神の想定だから」
礼子は諦めた。命が惜しいがここまでよく生き延びた。人がひとり生きるのは多くの他人の力が必要であることがやっと分かったばかりであった。
「そうかい、終わりかい、それであたしの夢を叶えてくれるのかい?」
「あの夢は変わっていませんか、ほらお嬢さんが似合う役者になる夢ですよ」
「ああ、変わっちゃいないよ。ちやほやされて生きたいのさ。悪女はもうこりごりだよ。この香織に全てを譲る」
「駄目ですよ礼子さん、騙されては」
香織は反論を続ける。
「もういいんだよ香織、だってこの人が仙人でなきゃ辻褄の合わないことばかりじゃないか。あたしがあの時祈りを捧げなかったらあたしはどうなっていたことか。恐らく喋ることも、いや動くことも出来ない身体になっていただろうよ。そうでしょ仙人さんよ?」
「まあそうです、ですが天命は変わらない、今日この夜この刻です」
「残りはどれくらいあるの?」
「多少私が操作出来ます。まああの三日月が光を失った頃でどうです?」
礼子は頷いた。香織は泣き出した。
「泣くんじゃないよ香織、悪女の付き人が泣いてどうすんだい。香織、さあメイクだよ、死に顔だけは悪女は嫌だからね」
香織はメイクの準備を始めた。
「メイクの前に作業があります」
「何だい?」
「あなたの夢を天寿の最後に結び付ける」
「よく分からないよ、さあやっとくれ」
金原が掌を広げた。その手を礼子の頭に被せた。生命線が礼子の天中に触れている。
「何をするんですか?」
香織が金原の手を掴んだが弾かれてしまった。
「触らない方がいい、火傷するよ」
礼子は目を瞑る。
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