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「ねえ、先生、なんとか言ってよ。あたしの足はどうなるの?」
礼子は薄々と感付いていた。痛いとか痺れるとか感触があるならばまだ安心出来る。しかし、全く感覚がない。
「あなた家族は?」
医師が訊いた。この一言で礼子は致命的な衝撃を受けた。
「母親がいる。香織電話してくれ」
礼子は香織に指示した。礼子の母は室蘭でスナックをやっている。礼子が16で家を飛び出してからろくに連絡も取り合っていない。スナックの売り上げで女一人充分に生活出来る。悪女ばかりを演じている娘に未練はなかった。
「お母さんが来られました」
香織が母の律を連れて来た。律は既に還暦を超えていた。
「なんだい、出て行った切り連絡も寄こさず、具合が悪いから助けてくれってか?」
挨拶もなしに律が小言を言った。
「ご挨拶だねえ、医者があんたに話があるらしいから呼んだんだ。会いたくて電話させたんじゃないよ。それにしても化粧が濃いねえ、おい香織、メイクしてやれ」
香織は下を向いてとばっちりから逃げている。
「お前の演技は地なんだねやっぱり。地だからそのまま演じればいいんだ、みんな騙されているんだね」
二人の応酬は終わらない。
「礼子さんもお母さんも止めてください」
香織が泣き出した。
「続きは後だよ」
医師が来て律が呼ばれた。
「香織、屋上連れて行け、煙草持って来いよ」
「煙草は先生から」
「うるさい」
香織は車椅子を押して屋上に上がった。
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