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「君達、まだまだお若いのに。子孫を残して未来永劫、繋げていきたいって願望はないのかい?」
「あいにくだけど、家族ってものに憧れを抱けるような世界にいなかったもので……」
あれ? 小学校卒業までの範囲でしかないけど、雅志の家族ってそんなだっけ?
何度か遊びに行ったけど、俺ん家みたいな下町風情のある埃舞う古びた家じゃなく、家は真っ白、庭は英国式みたいな、そりゃあお洒落で恵まれた家庭って印象だったんだけどなぁ。
「元の世界に戻りたければ、弓姫様にお会いするしかない。彼女は神竜様方の記憶を代弁する継巫女様で、他の時空との繋がりを持てるそうなんだ。同じようにこっちへ来て困って泣いている人々を何人も送り返して、お助けになられたと噂に聞くよ」
しかし、その弓姫様とやらは百年に一度の周期でしか同じ場所に表れない。この周辺に来たのはつい先日のことで、ここで待ち暮らしても会えるのは百年後。世界の滅びに間に合わないかもしれない。
「今すぐ追いかければ間に合うかもしれないね。我々の村に余っているふたり乗りの水晶船を分けてあげるよ」
この世界の人間は寿命はほぼ無限、大賢者様によって病気とも無縁、穏やかな気候。見渡す限り生えている草を喰んで日光さえ浴びていれば飢えることすらない。いや、確かに俺達の世界じゃ肉体維持のために雑食して、衣食住のため常に金を稼がなきゃいけなくて大変だけど、全然羨ましいって思えないな。
そんな条件下で人間はすっかり争いをしなくなって、とにかく人間性が穏やからしい。何のお返しも出来ない俺達に小船を分けてくれた。
ふたり乗りの水晶船ってやつは、揺り篭のような形をした透明な器だ。タイヤもないのに宙に浮かび、地面すれすれを飛んでいく。弓姫の乗る巨大水晶船に比べたら足が短いから、どっかに長時間停まっててくれなきゃ追いつける保証もない。
「その弓姫様って、涼原さんのことらしいよ。うちのクラスの名吹栄一がそう言ってたんだ」
涼原朝美。雅志と同じく、俺とは小学校までは同級生だった。それどころか、俺と朝美は家が隣、幼なじみ同士。雅志は小学校の途中で北海道から転校してきたんだよな。
そこから雅志が話したのはまさに荒唐無稽だったが、自分達だって異時空なんかに来ちまってるって現実がある以上、「非現実的な出来事」って切って捨てるのは無意味だな。
先月。二〇二二年十二月十五日を境に、クラスメイトの「涼原朝美」の存在がこの世から消え失せて、「涼原夕美」という女生徒が取って代わった。ほとんどのクラスメイトが朝美のことを忘れていて、ごく一部の彼女と親しかった生徒達だけが彼女のことを覚えていた。
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