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公園の端っこの木の下に居ると声を掛けてきたのは、薄汚れた若い人だった。戦争をしているので、こんな人は余り居ない。魔法の世界では子供や老いた者ばっかりになって居る。
「気にしないでください。ちょっと考え事が有るんで」
「そうか、僕もちょっと考えたいんだ。自分に罪が有るんじゃないのかと」
勝手にその男は隣に座ったが、僕には関係ない。彼がどんな人間だろうと気にもならない。今は彼女を連れ戻す事だけを考えていた。
「時空魔法自体は難しくない。問題はどうしたら戻れるのかだ」
気分転換になんてなれないで、僕はまだ彼女の事を考えて、呟いていた。
「時空魔法とは面白い事を考えてるんだね」
「すいません。煩かったですよね。離れます」
言葉を交わす気にもなれないで、僕はその場から離れようとしたが、彼が「ちょっと待って」と呼び止めた。
「時空魔法を試したいのなら協力するよ」
意味が解らなかった。時空魔法に人の手を借りる事なんてない。僕だけで魔法は発動できる。必要なのは対象者くらい。
疑問を浮かべていた僕がハッとその事に気が付くと、彼は救われた様な顔をしていた。
「そうだよ。時空魔法は対象者が必要になる。僕がその役割をかおうって言うんだ」
「解ってるの? 時空魔法って言葉が付いてるけど、この魔法は実質的に攻撃魔法なんだよ。時空の向こう側に人の住める環境が有るとは限らない」
自分で言いながらも僕はその言葉に押しつぶされそうになっていた。実際研究者には時空魔法に落とされた人間は亜空間や遠い宇宙のどこかに移動すると唱える人もいる。つまりは瞬間に殺す魔法でも有るのだから。
僕は彼女がそんな事になってない事を信じているのに、言葉は違っていた。
「俺の事なら構わないんだ」
しかし、相手も引き下がらないで僕の事を見ていた。かなりの覚悟が有るみたい。それは自殺志願者の様に。
そして考えた。実際に時空魔法を使う場面なんか無い。もしかしたら僕の望み通り並行世界への移動になるのかもしれない。しかし、その他のリスクは考えても消えなかった。
「命の保証は有りませんよ」
こんな事を迷っている必要はなかった。今は目の前の彼の命なんかより、彼女を救いたい想いの方が強い。
「心配要らない。僕の望みだからさ」
彼も納得をしている様子で迷うこともなく返答をしていた。そして「準備は必要かな?」と言うので「別に」とこの場でも魔法は可能なことを示すと、彼は「良かった」と直ぐに試すことになった。
公園は戦争をしている理由も有って、人の姿はない。更に隅っこなので僕たちだけだった。こんなところなら人殺しの魔法を使っても騒ぎにもならない。
僕は考えていた方法に魔具として移動魔法に使う宝石を加えた魔法を用意する。対象者の彼の周りに宝石を並べる。
協会の人の使う魔法陣の一種だが、そんな区別なんてどうでも良い。
「用意ができましたよ」
「うん。構わない」
僕の言葉に彼はまだ恐怖すらも無いみたいな顔をしていた。
「僕は貴方を自分勝手に利用します。ただ、あなたの思惑が解りません。どうでも良いですが、話してくれますか?」
一つだけ気になっていた事。彼が死にたいと思うその理由が知りたかった。例えそれが解決する事でも、僕はこの人を殺すのだけど。
「罪から逃げたいんだ。僕は協会襲撃犯なんだ。それを正しいと言われているが、相手側の人と話したら自分では解らなくなって」
例の事件は本当だったらしい。だけど、彼の信念とは違っているみたい。そんな事を聞いたのだったが、僕にはやはりどうでも良かった。戦争の真実がどうだって彼女の方が重要だったから。
「じゃあ、さようなら。です」
聞いただけで気にもせずに僕は両手を広げた。すると彼も頷いている。今から僕に殺されると解りながら。
魔法陣を利用する様に、そして呪文を合わせて魔法を発動させた。
呪文だけとは違って、魔法陣からも光を放って強く輝いている。これほど強い魔法の力になるとは思ってなかった。
すると、彼の背後にある空間が歪む。そこに暗闇が現れた。まず人の居られる環境でないのは解った。すると彼の身体が吸い込まれる様に消えてしまった。
叫び声さえも聞こえない。彼はまず無事ではないだろう。空間は彼を飲み込むと次第に消え始めた。
やはりこの魔法では彼女を救うどころか、命の保証さえない。僕はそれが解ってしまって、再び涙を落した。彼女を想っている涙。その雫が足元の宝石へと落ちた。
その瞬間、さっきとは違う空間が開いた。それはのどかな田舎風景が流れる様に進む。だけど、草木や街並みそして動物などが僕の知っている世界ではなかった。
不思議に思いながら謎の空間を眺めていると、海が見えて岬に座っている人の姿が見えた。僕は見間違いかと思ったけど、間違いじゃない。彼女の姿だった。
彼女も僕の事に気が付いたのか、驚いた顔をして僕の事を見ていた。愛おしそうに僕の方へ手を伸ばしている。
今が彼女を救える時なのかもしれないと、僕も手を伸ばしたが、その時にはもう魔法の効力がなくなって、空間は消えてしまった。
「あれは、間違いなんかじゃない」
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