煙草、黒猫、朝のベランダ

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聞くところによると、先輩は酔っ払うとキス魔になるそうだ。 就業後、「新人歓迎会」という名目で、同じ課の職員で居酒屋に集まった。 はしゃいだ声で乾杯をするサチエ先輩を横目に、誰かが言ったんだ。 「ここにいる奴、ほとんど全員、こいつに唇奪われているからな」って。 あたしは女だし、そんなこと、別に自分とは関係ないと思っていた。 ルキ先輩が来るまでは。 「遅くなりました」 首を前に突き出すようにお辞儀しながら、ルキ先輩は来るなりビールを頼んだ。 サチエ先輩は「ルキくん、遅いぞ」と言って、立ち上がって席を移動し、寄り添うようにあたしの横に腰かけた。 「ミタちゃん、飲んでるう?」 「はい」 「何飲んでるの?」 「カシオレです」 「またそんな可愛いの飲んじゃって」 サチエ先輩は、右手であたしの後頭部を引き寄せ、パクッとお菓子を食べるみたいに、あたしにキスした。 あたしは、自分が綿菓子か何かになった気がした。 サチエ先輩は、いたずらっぽい笑顔になった。 そしてルキ先輩のほうに、ちらりと視線を走らせた。 ルキ先輩は、あさってのほうを見ていた。 いつものように無表情で、こっちには全然興味がなさそうに。 ただ、ルキ先輩の骨ばった手が、煙草の箱を弄び、つぶすのをあたしは見た。
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