第2節 出会い

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第2節 出会い

第2節 出会い   「あ、いいね来てる」  スマホを見て呟く。当時の私は東京に引っ越してきたばかりで、新居にて購入したロフトベッドの組み立てをやっていた。もちろん一人で、である。 「お前はいつ出て行くんだ?」  その言葉を思い返すと、今でも嫌になる。家族の中ではみ出しものの私は大学を出て、新卒で就職して。うつ病になった。一年経っても治らない私と母親は昔から相性が最低で。母親と喧嘩する度に、いつも私が悪者になった。私からしたら家を離れる決断は必然。  そして、私はTwitterで絵を描いたり日常をツイートしていた。最近繋がったこの人——『ユウ』さんは、私の絵にいいねを押してくれた。それが運命の草分けだった。フォローも来たのでプロフ欄を見る。どうもコスプレをやってる人らしい。ふーんと言いながらフォロバを返した。さっきうpしたのはロフトベッドの片鱗、ベッドに上がる足場にも棚にもなるそこを切り抜き写真を撮ったもの。逐一経過を観察してはTwitterに情報を流す。すると、 「うっわ!なんか揺れてる」  地震だ。子供があははと笑いながら積み木で作った建物の下っかわを掴んでぐらぐらさせるような塩梅。乗っかってる私からしたらたまったもんじゃない。収まってから、やや時間を置いて「地震怖い、今ロフトベッド作ってんのに」と呟く。   「あれ。リプ来てる」 《倒れないように、紐で棚を部屋の家具に繋いでおいた方がいいですよ》  そんな文面が目に入った。えっと、この人は確か 「レイヤーの人だっけ?わざわざリプくれるとか、親切だなぁ」  それがユウさんの第一印象だった。相互とはいえ、言葉を交わすのは初めてである。ありがとうございます、と返してから部屋を見渡す。組み立ててる棚には手摺り代わりに穴がハシゴ部分に空いてて、そこを掴んで上へと登れる形だ。部屋には備え付けのクローゼットがある。そこの扉の取っ手と棚の穴を繋ぐように紐を結んだ。 「これでよし」  私はふうと息をついて、Twitterの画面を見やる。誰だっけ?そうそうユウさん。この人はいつも私のツイートに反応していいねをくれる。なんかちょっといいかも、と思ったのが始まりだった。 「うぇええ」  時は経ち十二月。私はゲロを吐きそうな顔でスマホを見ていた。当時は別垢で仕事の事を呟いていた。IT系の人は使用してる物とか環境とか、不明点をちゃんと順序だててきっちり説明して聞いたら即返事をくれる。分からない事が出てきたら、私は質問サイトとかに投げていた。社内には教えてくれる人が居なかったのもある。仕事の愚痴もTwitterで垂れ流す。意気投合した人とDMのやり取りをしていたら、何故か告白された。この人三十九歳じゃん。二十代前半の私からしたらナイ。無さすぎる。またうつ病を発症して会社辞めることになったので辛いと呟いてたら、好きだと言われた。き、気持ち悪い。本人は励ましのつもりらしいがなおのことタチが悪い。私はブロックしてさよならをした。垢ごと消去する。案の定、フラれたおっさんが愚痴を呟いてたが気にしない。本垢に戻って暫く活動していると。   「ユウさんからリプだ」  どうやら疲れたらしいユウさんが私にリプを送って来ていた。ツイート内容からして、どうも精神的に参っているらしい。ふーん、彼女さんと揉めてるんだ、と何となく事態は把握した。同時に、フォロワーである女性達に片っ端からリプを送り付けてる事も。  コスプレイヤーは女性が多い。男性は僅かだ。なので女性ばかりがフォロワーなのはおかしくはないが、どの女性も「そうなんですね」「大変ですね」と返信してるようで実質してない表面上の対応ばかり。 「これは……辛そう」  自分も辛いからか、自然とそう思った。誰にも相手にされない。味方が居ない。何となく子供の頃の私と重なった。中学の頃、いじめられてるのを隠していたのがバレた時。母親はこう言ったのだ。 「学校にはちゃんと行ってね」と。なんで?なんでなんで、と疑問だけが頭の中を支配した。どうしてそんな、行けば必ず無視されたり死ねと言われる場所に自ら赴くの?なんでそんな無責任な言葉をかけられるの?ねえ、なんで   「味方がいないの」    そう、誰もいなかった。だから私は、一人で生きてきた——と自負している。本当はそんなことなくて、人間知らず知らずに助け合ってるなんて事は知ってる。それでも、身に降りかかった不幸に対処するのはいつも自分一人。私の味方は私だけだった。だからかなあ。私は思わずスマホのキーボードを開き、タップする。   《どうかしたんですか?私で良ければ話聞きますよ~》    ふんわりと、包み込むように。敢えて語尾を伸ばし、ゆるりとした余裕ある雰囲気を醸す。リプライを送ってから、話をした。最初はお悩み相談だけだった。今の彼女さんと上手くいってない事。好きになられる事が多くて、でもそれで付き合って好きになった頃には相手の気持ちが冷めてる事とか。その他諸々。   「うーん、この人モテるんじゃないかなあ」  そう思って、それっておモテになるって事じゃ、とリプを返す。地震の時のアドバイスから約半年。その期間を埋めるように、私達は言葉のバトンを繋げていった。話の裾野はどんどん広がり、趣味の映画鑑賞まで。どうやら私達は映画の好みが合うようで、二人ともお気に入りの作品が被った。アツく語り合っては、お勧めの映画を聞いて、それを観てみる。   「うぉっ、鬱映画じゃん。なんだこれ」  そう言いつつ、私は感想を呟いた。心に響いたのは間違いなかった。陰鬱だしラストも報われないし、人に気軽に勧められるもんじゃない。案の定メンタルをやられた私に「ごめんなさい、疲れる物をお勧めしてしまった」とユウさんからリプが来た。 「いや、まあ見たのは私だし」  自己責任、という訳で。私は「大丈夫です!むしろ本気で推せる映画を勧めて下さったと思ってます」と返しては、ひとつの映画レビューを編んだ。せっかくだからタグ付けちゃえ。 「えいっ」  ハッシュタグ『1日1本オススメ映画』をつけて投稿した。中身はこんな感じである。  セックスとは何か? 愛する人とのその行為は成程確かに幸福な物に思える。が、本作に出てくる人物達にとってのセックスは違う。 セックス依存性の兄ブランドンと、妹のシシー。ある日兄の元に突然妹が転がり込んで来る。それは破滅の予感。 色褪せた世界で何かが壊れるのを聴いて。  粗筋を簡潔に述べつつ、続きが気になるように。ネタバレは無しで。個人的なこだわりで、ネタバレ無しでレビューするのが癖だった。だって見た人だけで盛り上がるネタバレありレビューより、未見の人が期待に胸を踊らせるレビューの方がその作品見た人も見てない人にも両方読めるじゃん、という単純な発想。私からしたらただの思いつきで作った文章に、激しく反応した人がいた。ユウさんである。 《りあさん凄いですね!》  私のレビューに対して、彼はいいねを飛ばしそう述べた。同時にりあさんの書くツイートはいつも感情豊かで読んでて楽しい、とも。……え、そんなに面白いかなあ?私のレビュー。    今の会社の面接の時は、趣味は映画鑑賞ですと言ったら「じゃあオススメ映画教えて」と切り返されて。頭真っ白になりながら、最近観た『アリスのままで』について口を開いた。 「主人公のアリスは言語学者で——」  語るはアルツハイマーを患った女性を主人公に据えた物語。 「……で、記憶が消えていく中、最後に何が残ったか。というお話なんです」  ネタバレはしないように細心の注意を払い語り終えた私はそう締めくくる。 「映画の話上手いね」  今まで白い目で見ていたお偉いさんが身を乗り出した。事務のお姉さんも、りあさん映画の話語るの上手いですよね、続きが気になると言ってくれた。もう一本、オススメ映画の話をと言われて大好きな『ピアノ・レッスン』も語らされたっけ。偉い人が二本目の私の語りも聞いて満足げに頷いた。  まあ、その実質映画の話で上司に気に入られて入った会社でうつ病再発したんですけどねー。というオチを自分でつけつつ、素直に嬉しいな、とユウさんからの返信をそっと撫でた。なんだろう、この人と居ると上手く会話が噛み合う。好きな物がことごとく被るし、話してて楽しい。男の人と話しててこんなに盛り上がった事は初めてだ。 「……気になるなぁ」  なんて、漏らしてみる。いやイカンイカン。この人彼女持ちだし、レイヤーの写真見ろよ。格好いいじゃん。話聞いてたら相当モテるっぽいし。とは思いつつ、彼が住むという北海道に想いを馳せた。私北海道好きなんだよなぁ。高校で旅行に行った時小樽とか赤レンガ倉庫とかお洒落だったし。それに何よりご飯が美味しい。ラーメンとか海鮮丼とか一度食べたら病みつきになるし、北海道の海鮮丼食べたらスーパーで買う海鮮丼なんて下の下である。 《北海道行ってみたいな》  なんて下心満載で、ツイートしてみる。したらユウさんからリプライ。 《来るなら観光案内しますよ》  ……。え、マジ?会えるの??マジ?大事な事なので二度言った。当時はまだコロナ前、しかも北海道旅行でプラン申し込んだら五万とかするのが二万円位で済んだりとめちゃくちゃ安くなるのだ。北海道ふっこう割というやつである。 「え、行く?」  お金あるし。時間も……あるし。会社辞めて傷病手当貰ってるし。空港近いし。行っちゃう?    と、言う訳で。 「…………来ちゃったあ」  新千歳空港に降りた私。既になんかやらかした気分である。今回は三泊四日プラン。一日目二日目は札幌付近、三日目は小樽で過ごしてそのまま小樽のホテルで泊まる。四日目に帰るのだ。待ち合わせ場所にてブルブル震える私。一応彼とは連絡先を交換してある。スマホを持ってないみたいで、まだガラケーらしい。彼の悩み相談を聞くという名目の上ゲットした電話番号。彼の声は程よく高くて透き通ってて、綺麗だった。私は低音の声の人が好きだと思っていたが、そうでも無いらしい。家に居ながら電話で話してる時に、不意に彼が漏らしたのだ。   「こんなにお話聞いてもらったら、僕好きになっちゃいます」 「え、あ。私も好きです」  言ってしまった。顔も合わせた事ないのに。だって好きなのは本当だもん。Twitterでお喋りしてるだけでも楽しいし、電話してる時はウキウキで。こんなの恋としか言いようがなかったのだ。そして待ち合わせ場所に来たのは、   「あの。りあさんですか」 「あっハイ」  うわぁあああ!!!イケメンだ!!え、彫りが深い。鼻の高さが段違い。本当に同じ日本人?どどどどうしよう、好みの顔面過ぎて震えがやばい。特に目が大きくてくっきりしていて、鋭い眼光に射抜かれそうだ。心は既にやられているが。若いですね、と言われながら一緒に移動する。電話した事あるとはいえ何処かぎこちない。   「あのっ。ユウさんてお幾つなんですか」  お話した雰囲気からあまり変わりないかと思えば、少し上に見える。幾つくらいだと思いますか、と返されてうーんと悩み、 「さ、三十五……?」 「違います」 「えっ。じゃあ三十六」  違います、と年齢を言うのを繰り返し。三十九歳、の所で申し訳なさそうに彼が頷いた。奇しくも別垢で告ってきた人と年齢一緒である。だが私はというと、 「えぇえええ見えないです……!」  全然アリだった。この反応の落差は酷いと我ながら思う。だって顔も中身も好みすぎたのだ。考えてみて欲しい。一度も顔合わせせずに話をしてて、気が合うと思った相手とオフ会したら吉沢亮が来たぐらいのインパクトである。そんなん惚れる。無理。   「じゃあここ入りましょうか」 「は、はい」  彼オススメの回転寿司……いや違う!?寿司回ってない!タブレットとかで頼むタイプでもない、正真正銘高い所!私、湯呑みを持つ手がさっきから止まらない。 「震え大丈夫ですか」 「ら、らいじょうぶですぅううう」  大丈夫ではない。その後寿司を食べたが味をすっかり覚えていない。それくらい顔面にやられていた。その後はこれまた彼のおすすめの映画カフェへと趣く。大きなスクリーンが前にあって、静かに皆が談笑している。いい雰囲気だな、と思いつつ席へ。   「ここ、映画のタイトルのカクテルあるんです」 「わっ、本当だ」  メニューを見ながら二人で何を頼むか悩む。その頃には二人の間の見えない壁みたいなのは大分薄くなってたような気がする。有名映画の名前を冠する映画のカクテルを二つ頼んで、おツマミも頼んで。話をする。ただそれだけなのに、楽しくて仕方がない。ユウさんは優しいから荷物とかもちゃんと持ってくれるし、矢張りモテる人という私の見立ては間違いないようだ。ホテルまで来て、お別れかなと思いつつチェックインを進めていると、   「すみません。もう一名分追加で」  …………。え?彼なんつった?いや部屋は元々ツインですけど、え?ポカーンとしてるうちに差額のお金を彼が払い、部屋にお持ち帰り、ならぬ持ち込みをされる私。え、え、え。嫌ではないけど。むしろ嬉しいけど。ホテルの部屋でお土産のチョコを食べながら椅子に座り話す。その頃には私も彼も笑顔だった。——ふと、彼が立ち上がり私の元に身を寄せる。思い返しても流れるような見事な動きだった。ギュッ、と私達は抱き合う。しばし見つめ合ってから、唇だけが触れるキスをした。   「私、今のが初キスです」  そう告白すると、彼がえっごめんと申し訳なさそうだ。ううんと私は首を振る。そのまま彼が私をお姫様抱っこでベッドへ。履いていたタイツを脱いで顕になったのは、私の白い足。 「わ、綺麗」  うっかり出た、といった具合のその言葉に恥ずかしくなりながらも私はそうかなと言ってみせる。初めてを捧げる時はもう何も怖くなかった。ちょっと血が出ちゃったけど、彼は気にせず「こういう時もありますから」とシーツを洗ったりしてくれた。今思えばモテる人だからこその余裕だったのだろう。二日目以降も私達は一緒だった。違うのは、手を繋いで恋人となった所。電車に並んで座る時ですらドキドキと胸が高なった。小樽には行かず、彼の住む家へ。どうやらご友人とシェアハウスしてるらしいそこで、私はお世辞にも綺麗とは言えない漫画がうずたかく積まれた部屋に荷物を置いた。彼のロフトベッドの下には荷物が大量にある。しかもベッドには穴が開いていた。これ直した方がいいよ、なんて砕けた口調で言いつつ二人過ごす。小樽には夜行って、ホテルだけ泊まった。今回も彼が宿泊費を払って、一緒に過ごす。でも別れる時は来るのだ。 「寂しいですね」 「はい……」  そう言いつつ、手を繋いでニギニギする。時間が来たので、手を離して別れた。そうして東京に帰ってから、私は彼とメールをした。何故か私の中は満足感で満ちていて、付き合うとかはあまり深く考えてなかったが。 《LINEとかでメッセージ出来ないし》  そう、彼はこのご時世にまだガラケーなのだ。気軽にお話は出来ない。そんな事を言って付き合う返事をはぐらかしていると、こうメッセージが来た。 《付き合ったら、スマホ買いますから》  そこまで言うなら、と私は付き合う事に了承した。彼と付き合い始めて、最初のうちは楽しかった。恋愛ってこんなにいいものなんだと実感した。乙女ゲームからは自然と遠ざかった。現実の方が、数百倍は楽しい。……でも、楽しいのは最初の三ヶ月くらいだった。  彼は、スマホを買ってくれなかった。
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