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第3節 ヒビ
第3節 ヒビ
「あの、ユウさん。別れようかなって思って」
四月になった。一月に会ってからちょうど三ヶ月と言う頃だ。私の方からそう切り出す。私達は言い合いになって、最後は精神をやられた私が床に倒れ込んだ。頭がズキズキする、しんどい。
「逃げるんですか!?そんな風に倒れて」
彼の罵声が聴こえる。嫌だ、もうこんなの。だってスマホ買うのやっぱ辞めたとか抜かすし、お金貸す事もあるし、歩く時は歩調合わせてくれなくて早歩きだし。大事にされてる気がしなかったのだ。でもいざ一緒にベッドで眠ってしまえば、昨日はごめんね、と此方が折れては仲直り。彼は喧嘩が嫌いだった。対して私は喧嘩もお互いの価値観の擦り合わせに必要、という考え。蓋を開ければ私と彼は大分価値観が違った。八月に友達に相談したら、それ大事にされてないし別れなよ、とまで言われてしまった。でも、
「……りあ、どうした」
家族とトンカツを食べに行った日。父親が泣きながらトンカツを見ている私に聞いた。何でもない、と言いつつ涙を拭う私。ご飯の帰り道では、タイミング悪くOfficial髭男dismの『Pretender』が流れていた。車の中に響く悲しい恋に、いよいよ私は涙腺崩壊。
「ごめん、やっぱ別れたくない」
——悲しい。大事にされないと分かってて一緒に居るのは辛い。それでも私の方からなかなか手を離せなかった。彼は自分からは別れようを言わない人だ。私と付き合うとなった時はレアケースで、ちゃんと前の彼女に別れを告げた。だから、
「私さえ我慢すればいい」
そう思っていた。そんな私達の間を——コロナの嵐が吹き抜けた。東京から関西に居を移した私と彼はなかなか会えない。酷い時は十ヶ月放置と来た。流石に耐えきれずに私は一年半少し後、十一月に別れたい胸を手紙で送った。貸したゲームソフトとか部屋に置きっぱの服とかを返して欲しいと綴って。
それからは、暫く彼とは関わらなかった。出会って二年が経つ一月、彼と連絡が取れた。どうやら仕事の関係で家に居なくて、私の別れの手紙も読んでないらしかった。
「なんじゃそりゃ」
そう言いつつ、私はまた彼と関係を持った。ただし友達として。三月には彼が辛いと何度も電話をかけてきた。鬱になりそう、と。
私はその頃双極性障害の診断が降りる手前、うつ病診断の頃だった。自分も辛いのを抑えて三時間電話でひたすら話を聞いた。
「ありがとう。りあさんのお陰で少し落ち着きました」
そう言われて、あれ私そういえば未だにアカウント名以外で呼ばれた事ないや、と思い至った。
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