第4節 別れ

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第4節 別れ

「おい、りあ。その元彼と電話させろ」  父が急に言った。私が彼に同居しないか、と誘われて北海道に行きたいと言い出したのだ。付き合ってもいないのに同居、しかもルームシェアしてる友人はそのまま据え置き。 「話聞いてると、最低の男だぞ」  そう言われて、彼に父親と電話してくれないかとメールを送った。——返事は、ノーだった。私も社会人、一人の人間なんだし何故話し合う必要があるのか、それも友達関係だし。父は父で、奴は友達という関係に逃げてるだけだ、親としては一度話したいと主張。気性荒く脅迫めいた発言を繰り返す父に、私は彼に縋り付くようにメッセージを送った。どうか電話してくれ、と。 《脅迫されたので弁護士をつけました》  そう文面が送られて、えっと声が漏れ出た。脅迫なんて、そんな。私は友達なのに身体の関係も持ってるし実質恋人みたいな物なのに?なんでなんで……。  捨てられた。味方になってくれなかった。その事実が頭を侵食する。もう職場には『北海道に行くので辞めます』と言っていた。私どうしたらいい?辞める前日、私は弁護士さんが監修に入っているという文面を送り付ける彼のメールを見ていて、ぷつりぷつりと神経が切られる感覚に陥った。——夜、私は倒れた。身体が一時間動かなくなり、起きたまま部屋の床に倒れていた。彼とのやり取りはもう出来なかった。翌日、声もロボットみたいに「こん、にち、は」とぎこちなく繰り出す私は職場に制服諸々を返した。  それからの日々はもううろ覚えだ。実家に帰らず、関西の一人暮らしの家で静かに過ごしていた。彼がコスプレしていたキャラクターで小説を編んだ。よく似ていたのだ、外見も中身も、特徴も。無意識に漫画のキャラクターに彼を重ねては本当は辿るはずだった幸せなハッピーエンドを量産し続けた。  周囲はみんな、彼の事を最低のクズ野郎と称した。家族と友達も、みんなみんな。確かにそうなのかも知れない。歩くスピードすら合わせてくれないし美意識の違いとか合わない所もいっぱいあるし、彼女じゃなくなっても私を抱くし私が自分のこと好きなの分かってて消費する奴だけど。でもね、みんなにとっては悪い人でも、 「私にとっては良い人だったんだ」  もう届かない思い。重すぎて何処にもやりようのない感情が、私を砕く。会えない事の重みが遅れてようやくやってきた。手を離しちゃダメだったのだ。たとえ彼と一緒に居て不幸せでも。 「会えない方が辛いなぁ」  それだけを呟いて、私はTwitterを閉じた。彼は名前も変えて、一人孤独を貫くと決めたようだった。    それからの私はというと、あまり記憶がない。別れてから九ヶ月後、二〇二一年の十二月に自殺未遂をしたからだ。起きたら病院のベッドで、お正月を通り過ぎていた。医師には「なんで大量服薬なんてしたの」としこたま怒られた。後で聞いたが、家族には自殺には触れないで欲しいと言われていたらしい。無視にも程がある。退院して、それからは何もする気になれなかった。だってどうしたって、彼とはもう一緒になれないのだ。その上、後遺症か私は記憶障害を起こしていた。去年の記憶が殆どない。記憶力も弱まっていて、前より言葉がスムーズに紡げない。生き残ってしまった代償がずんと肩にのしかかる。 「……どうして」  死んでいたら、もうこの辛さとはおさらば出来たのに。彼のいない生活にも孤独にも、別れられた。なのにどうして失敗しちゃったんだろう。  私は、一人暮らしの家を親に引き払われて実家に帰った。取り敢えず何かすべき事を用意しようと思って、資格の勉強を始めた。そうして勉強してるうちは、辛さを忘れられた。  時折、Twitterを開く。彼はまだツイートを続けていた。私は過去に彼にされたように、ストーカーみたいに一方的に彼のツイートを浴びる。資格も取って暇を持て余していたある日。   「あ」  私は、新しく鍵垢を作って彼を監視していた。一度別の鍵垢でフォローしてみたが、もう新規で誰かと繋がる気はないみたいでブロックされた。ので別途鍵垢とリストを作って、そこにぶち込んだ。これならフォローせずとも、好きな人をリストにぶち込んでたまに覗けば良い。彼の一ツイートが、私の視界に入る。彼が、とあるキャラクターについて呟いていた。「可愛い」とコメントを添えて。   「ねーねー、このキャラ知ってる?」  昔の記憶が掘り出された。北海道のPRキャラクターなんだよ、って教えたら「知らないですね」と返された。その時は「そっか、可愛いしPRキャラなのに」と言って済ませたが。   「………………遅いよ」  好きになるの。私の勧めたキャラじゃん、これ。ねえ。覚えてるよ。私は……私は、 「まだ、彼の中で生きている」  ツイートは、スマホからされていた。付き合う時に公約した、スマホに乗り換える約束。やっと守ってくれた。遅い、遅いよ。何もかも遅いよ。——涙が静かに頬を濡らした。
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