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プロローグ
「彰くん、最近誰か呪った?」
母親がいつもと変わらないトーンで言った。淡い桃色のクロスがかかったダイニングテーブルには、キャベツを添えたエビフライや栗ご飯が四人分並び、明るい空間を演出していた。そこへ奇妙な沈黙が訪れる。
一家の長男、森田彰は、ホカホカのご飯に埋もれた大きめの栗に狙いを定めていたところで動きを止めた。毛先にパーマをかけたマッシュルームカット寄りの髪は、前髪の先の方だけ深い赤色に染まっている。この髪のお陰なのか、年に一度くらいイケメン扱いされることがある容姿だ。キラリと光る二重の目で彼は母親を見た。
夕食の時間に「呪う」なんて単語が出てくるのは、この家らしいといえばらしいが、実際には珍しいことだった。父親と妹の視線も自分に集まっているのを感じる。
「さすがお母様、分かるんだ。でも大したことはしてないよ。夜ご飯が一ヶ月連続できんぴらになるようにしただけ」
半分適当に答えると、まさにきんぴらごぼうを食べていた妹がプッと噴き出した。でも母親は笑わない。いや、艶のあるセミロングの頭をちょっと傾けて、意味ありげに微笑んでいる。
「それはきんぴら月間をやってほしいっていうリクエスト? それはそうと、このままだと大変なことになるかもねぇ」
「大変?」
「呪い返しが来たらね。彰くん相当恨まれてるのかな……同じ年くらいの男の子なんだけど心当たりない?」
彰は箸をカチャリと箸置きに置いた。
大勢の顧客を抱えるこの「癒しの呪術師」は今、何と言った?
静かな驚きが喉元の辺りを迫り上がってくる。聞きたいことは色々あるはずなのに、言葉になったのはたったの一言だった。
「……男?」
「ちなみにすごいイケメン」
細波のような動揺がじわじわと広がっていく中、彰の脳裏には同じ高校に通う一人の男子が浮かんでいた――。
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