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2.クリームソーダ、プリーズ
「ねえ聞いた? 桜澤って最近本命にフラれたらしいよ」
「嘘、マジで!? 本命いたの?」
「ガチの本命じゃなきゃ普通あそこまで落ち込まなくない?」
クリーム色の清潔感のある廊下の端で、女子二人組が楽しそうにコソコソと会話をしている。曇りガラスの小さな窓は離れたところからだと白く光って見え、この俗っぽいワンシーンが何やら神聖な絵画みたいだった。
(本命ねぇ)
彰は無関心に彼女達の脇を通り過ぎる。佐々木が「桜澤が元気がない」と言っていたのが昨日の朝だ。昨日の放課後、一組の別の生徒は「もしかして失恋でもしたのかな?」と言っていた。今日の放課後がこれ。人の噂話は信用ならないという典型的な例に思えて仕方がなかった。
校舎から表へ出ると、遠くで聞こえていた運動部のかけ声が一段と大きくなった。やや湿度の高い曇天の下、揃いの半袖のウエアを着た十数人の集団が校庭を大回りでランニングしている。中央ではビブス姿のサッカー部がジグザグしたフットワークの練習中だ。
若干変わったところのある藤ヶ丘だが、放課後のこの風景はきっとよその高校にもあるものだろう。
石畳の道のイチョウの隣で、イチゴ味のアメを舐めながら部活の様子を眺めていると、ツンツンと肩をつつかれた。
「あ、悪いぼーっとしてたわ。今来た?」
振り返った先にはお忍びの男性アイドル――ではなく桜澤がいた。お行儀よく口元を微かに緩めているのが様になりすぎていて、危うくここにいる理由が頭から吹っ飛ぶところだった。
昨日の「仕事場」でのヒアリングで発覚したのは、彼の声が出ないのは不思議なことに学校にいる時だけだという事実だった。門に入ってからなのかそうではないのか、とにかくその境界に行けば呪いについて何か分かるのではないかと、そんな経緯でここで待ち合わせしていたのだ。会うのはこれで三日連続だが、主に自分のためにスピード感を大事にしたい。
ガリガリ、と口の中のアメを噛み砕くと、桜澤に何かを差し出された。
「ん? アメ?」
『十個』
数種類のアメが描かれたパッケージを持ちながら、手で「1」「0」の形を作っている。彰は破顔した。
「そっか。ハハッ、あんなのスルーでよかったのに。本気で報酬請求するならもっときちんと説明してるって」
「……」
「そんな困った顔しなくても。せっかくだから一個もらっていい?」
イチゴのイラストを見つけて、当然のようにそれを選ぶ。ありがとう、と言って早速口に放り込んだ。
「俺割とアメ好きでさー。主食レベルで食ってるから、体の半分くらいアメでできてるかも。じゃ、そろそろ行きますか」
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