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「森田じゃん。どうした?」
気づいた男子がやって来る。彰は朗らかに言った。
「おはよー。佐々木ってもう来てる?」
「佐々木ぃ? ……いやまだだけど、何、もしかして付き合ってんの?」
「1マイクロだけな」
「どういうことだよ!」
「ちなみにそれ、向こうに聞いたらイスに山盛りの画鋲置かれるから気をつけろよ?」
笑い合って、適当にお礼を言って一組を後にする。佐々木は桜澤の「元カノ」の中では話しやすいのだが、いないなら仕方がない。
(桜澤もまだ来てないっぽいな。こうなったら……)
リュックを持ったまま、彰はさっき通ってきた階段に逆戻りした。
呪い返し――狭義では呪われた側が呪いに気づくなどした結果、術者に呪いが返ってくる現象。呪いというのは、生霊、邪気などと呼ばれる霊的な負のエネルギーを他人に飛ばす行為なので、それが本人に戻るのはある意味自然なことだ。ただし、ほとんどの場合ダメージを伴う。二倍三倍になって返ってきた話もそこら中に転がっていた。
ダメージの原因の一つは、おまけでついてくる相手の呪いその他の邪気だが、それはどうにでもなる。問題は元々の呪いに使われていたエネルギーだった。これが相手の中で傷つき変質して戻ってくることでダメージが大きくなるのだ。
厄介なことに、この出戻りエネルギーは防御不可能な上に、まともな方法では追い出すこともできなかった。呪い返しはいつ起こるか分からない。できることはあるが、動くなら早い方がいい。
黒ブレザーがゾロゾロ上がってくる階段を降りようとして、彰はその人の流れの中に一際印象的な短髪頭を見つけた。
派手だとかそういうのではない、まるでサロン帰りのように輝いているサラッとした黒髪。上からの遠目でも雰囲気が既にイケメンのそれだった。スクールバッグを持っているのと反対の肩にはバイオリンのケースを提げている。間違いない、桜澤奏多だ。
胸の鼓動が少し速まる。待ち伏せする時間を節約できたのはよかったが、いきなりの遭遇で緊張してきた。ともかく、まずは本人を近くで観察して、エネルギー、すなわちオーラの状態を確かめなければ。
彰は廊下側に戻って階段から彼が出てくるのに備えた。ところが、桜澤は教室には向かわず階段をもう一つ上がり始めた。
荷物を持ったままどこに行くのだろう。一瞬ためらったが、好奇心に後押しされた彰は後をつけた。
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