1.桜澤奏多はしゃべらない

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 呪い返しで桜澤を連想したのは、一応心当たりと呼べるものがあったからだが、クラスが一緒になったことはないし直接話したこともない。とにかく顔立ちが整っていて、女子の当てにならない噂では性格も完璧らしいが、そのくらいしか知らなかった。加えて、彼女の入れ替わりが激しいことか。 (それにしても、オーラが何か重いような)  背後から眺めているだけでも、その辺りに敏感な彰には胸がどんよりするようなものが伝わってくる。ジャッジするのは早いがよくない感じだ。  桜澤は屋上のドアに入っていった。  レンガ風のタイルが敷かれた屋上は大縄跳びが三ヶ所で同時にできる程度には広かった。木のベンチがいくつか並んでいる。奥の方にはビオトープとその周りを飾る低木があり、フェンス沿いの細長い花壇には、赤やオレンジ色のフサフサしたケイトウの花が上品に収まっていた。薄い和紙を千切ったような雲が棚引く青空。まるで彼のことを待っていたかのように、他には誰もいない。  二分ほど間を開けて、彰はフェンスに手をかけて突っ立っている桜澤に近づいた。声をかける前に先っぽを赤く染めた前髪を二、三回いじる。 「一組の桜澤で合ってる?」  相手がビクッと振り返った。彰も思わず目を見開く。  藤ヶ丘一のイケメンは――これも女子の噂だ――向かい合ってみると本当にイケメンだった。街でたまに見かけるレベルを遙かに超えて、テレビの中でしか会えないようなクオリティだ。彰よりも3センチほど高い位置にある大きな目は涼しげで、まっすぐな鼻には気品さえある。形のいい唇をキュッと結んでいた。  何というか、存在そのものがまぶしい。  女子でもないのにうっかりため息を漏らしそうになって、彰は慌てて口を閉じた。 「特に用って訳じゃないんだけど、何か面白いものでも眺めてんのかなーって。違った?」  気を取り直して軽く言ってみると、桜澤は(うつむ)き気味に首を左右に振った。サラサラの黒髪の上で光が揺れ動く。 「ごめん、邪魔しちゃったな……あれ?」  平謝りして立ち去ろうと思ったところで、彰は不意にある種の違和感を覚えた。怪訝(けげん)そうな面持ちの桜澤をまじまじと見つめて確信する。 「変なこと言うけどさ、桜澤、何か呪いに心当たりない? 最近体調――」  体調が悪いとか、と続ける前に、ガシッと両肩をつかまれた。心臓が大きく跳ねる。桜澤の突然の行動に対応できず固まっていると、前のめりの彼が初めて口を開いた。  パクパクパク。 (え?)  フリーズした思考を辛うじて働かせる。 「声が出ないってことか……?」  至近距離で頬を紅潮させて頷いた顔は真剣そのもので、頭の片隅で「マジでかっこいいな」と場違いなことを考えてしまった。どうやら、自分はかなり動揺しているらしい。  
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