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(全く……呪いのかけ方が雑なんだよなぁ)
教室に入る頃には朝のホームルームまであと五分ほどになっていた。もうみんな揃っているのか、二年三組は雑談の声でわちゃわちゃと賑やかだった。そのクラスメイト達の間を縫うようにして、彰は迷わず一人の女子の元に向かう。
「竹内、おはよ。ちょっといいか?」
着席していた竹内芽衣が顔を上げた。やや癖のある髪をセンター分けした、目つきのちょっと悪めの女子だ。
「改まって何、森田?」
「最近さー、誰かのこと呪っただろ」
「呪った? な、いきなり何言っちゃってんの?」
黒目の小さい目が面白いくらい泳いでいる。たまたま近くのイスが空いていたので、彰はそれを引き寄せて腰を下ろした。ボリュームをぐっと落として続ける。
「例えばイニシャルK・Sさんとか? 近い内に呪い返しが行くと思うから、がんばって」
「呪い返し!? 嘘!」
「……どこで覚えたか知らないけど、ああいう悪意のある呪いは簡単に使ったらダメだって」
愕然とした様子の竹内に、自然と生温かい眼差しになった。じゃあ、と手をヒラヒラさせて立ち去る。
彰のような呪術師にとっては、呪いをかけてきた術者がどんな相手なのかは大体分かる。それが知っている人間なら特定するのも容易だった。そういったリスクについて何も考えていないような素人は、多少脅かしておいた方が本人のためだ。
(あ、そう言えば動機とか何も聞かなかった)
まあいっか、と彰は思った。桜澤がモテるのはよく知っている。失恋した腹いせとか人気者への嫉妬とか、どうせそんなところだろう。
女子というのはみんな、胸の内にドロドロしたものを飼っているのだろうか。
その日の夜、彰は自分の部屋で早速竹内の呪いを解いた。可能な限り衝撃が少ないやり方にしたし、呪い自体も「復讐してやる!」みたいな重いものではなかったので、返るダメージはそれほど大きくないはずだ。
重くないと言えば彰だってそうなのに、あの母親は「大変なことになる」と不吉な予言をした――。
彰は手を伸ばして窓のカーテンをめくった。暗澹とした夜の住宅街が、まるでじっと息を潜める魔物の群れのように見えた。
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