1.桜澤奏多はしゃべらない

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 ***  翌朝、上手く寝つけなかった彰はぼうっとした頭で藤ヶ丘高校に登校した。  昨日より遅い時間だからか、校門から校舎へと延びる赤茶色の石畳の道は、生徒が少ない分あっさりした景色だった。このくらいの方が個人的には好きだ。社交的な方だし人が嫌いな訳ではないが、人ごみだとエネルギーが乱れ飛んでいて頭が痛くなってくるのだ。  青空に向かってスッと立っているイチョウの内の一本に手を添えると、ザラッとした幹が僅かにひんやりしていて気持ちよかった。癒やされる。 (……よし、充電完了)  植物にパワーをもらった彰は、今日もまず一組に顔を出した。桜澤の姿を探す。何やら別の男子とお話し中のようだ。  二人の周囲だけキラキラしたエフェクトがかかっているように見えるのは、目の病気だろうか。 「も、森田くん」  ぼうっと眺めてしまっていたところで、彰よりほんの少し背の低い女子が(うかが)うように声をかけてきた。切り揃えた前髪にポニーテール。小さな口が女の子らしい。 「呼び捨てでいいのに。おはよ、佐々木」  佐々木千佳(ちか)。昨日は会えなかった、桜澤の「元カノ」の一人だ。ごく普通に挨拶したのだが、佐々木の心細そうな表情は変わらなかった。 「もしかして奏た……桜澤くんのことで何かあったの? 最近元気なさそうだし」 「ああ、違う違う。校長からの極秘ミッションでスパイ活動してるだけ。って、言っちゃったらスパイにならないか」  フ、と笑顔になった佐々木に「桜澤元気ないのか?」と聞いてみる。 「うん。元々賑やかなタイプじゃないけど、クラスの子が話しかけても反応薄くて……」  それはたぶんしゃべれなかったからだ。クラスメイトには言っていないのだろうか。 「じゃあ、さっき話してた男子はメンタル強いんだなー。見覚えある気がするけど、何て名前?」 「(いずみ)力也(りきや)。泉はその、そういうところあるから」  言おうとしていることは何となく分かる気がした。  桜澤ほど神がかってはいないが、泉もいかにもモテそうな存在感のある男子だった。彰に聞こえた範囲では「大丈夫か?」と心配していたようだ。だが、切れ長の目をした顔にはどこか勝ち誇ったような薄笑いが(にじ)み出ていて、何かあるんだろうなぁと知りたくもないのに察してしまった。 「ふふ、そうなんだ。だから、俺も念のために様子見てみようかな」  コクリ、と同意する佐々木と別れて、彰はを果たすべくアウェイの教室をのんびり歩いた。桜澤は窓側の席で参考書か何かを広げている。 「桜澤?」  視線を上げた彼は、形のいい唇を「あ」の形に開いた。これはまさか――。 「……治ってない?」  恐る恐る小声で尋ねると、前髪に隠れた眉を少し下げて頷かれてしまった。  
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